モッツアレラチーズ2 佰弐拾伍

久礼野の別荘で父と暮らし始めてもう1年半になる。今年の始め昭和天皇がなくなった。内閣府で新しい年号を決めて、内閣官房長官である土民党の小渕さんが「平成」と新しい年号を掲げた。3枚切りの食パンを半分とコーヒーの朝食を済ませた。その後、家の前の坂道を往復200㍍を5本、腕立て伏せ30回、腹筋背筋各20回、柔軟体操、などの朝のメニューをこなした。この頃は全然お勤めをしていない。久礼野はバスが通っているが本数が少ないので足がないと街中に出られない。ホンダスーパーカブ49㏄はここ数年方のオーバーワークで往年の力はない。足がないのでそろそろ永国寺の自宅に帰ろうかと思っている。今日は午前中布師田にあるタナカショクで豆腐作りのバイト、午後から開文塾でコンピュータ問題演習のチューターを務める。物置から出したホンダスーパーカブ49㏄の老体にムチ打った。「ブロロ、ブロロ、プスン、プスン」。クラッチを繋ぐとすぐにエンジンが切れた。2,3回エンジンをかけてやっとよろよろっと動き出した。エンジン停止の不安と戦いながら布師田を目指した。タナカショクに着いて、門から中を見ると庭が開けており、大きい犬小屋がある。犬小屋には2頭の大きいハスキー犬が寝そべっている。いつものように豆腐屋のユニホームに着替えて、オートメーションで出来上がってきた豆腐のパックを水槽で冷やす作業をした。まだ夏場のような気候が続いているのでこの作業はちべたくて楽である。冬は地獄だなと嫌な予感に背筋が寒い。時々オートメイションの工程を管理している女性と一緒に出来上がった大きな豆腐の塊を分割したり、オートメーションの工程が滞らないように手を入れる。9時から働き始めて12時前にはアルバイトは引けた。続いて、一宮にある開文塾に行った。まだ12時を回ったばかりなので塾には誰も来ていなかった。コンピュータの置いてある部屋にはコンピュータに入っている問題が書籍問題集となって置いてある。生徒に教える準備としてこの数学の問題集を解いていた。慶応高校の幾何の問題を解き倦んでいる時、松吉先生が部屋に入ってきた。松吉先生は髪が長く茶色の皮のスカートに紺色のシャツを着ていた。松吉先生に慶応高校の数学の問題の解き方を説明しながら同意を求めようとすると、「先生、頭いいんですね!」と驚いたように話を切られた。そうこうしている内に空腹感が豚だった。松吉先生と一緒に近くの商店に食べ物を求めに行った。松吉先生は肉まんを1個、僕は肉まんとアンマンを1個づつ買った。本当はもう5,6個買いたかったが松吉先生が少食で1個しか買わなかったので僕も勢い遠慮してしまったのである。教室に帰って寂しく、あっという間に2個の中華まんを食べてしまった。松吉先生は1個の肉まんをよく噛んで食べていた。4時を回ったころから1人、2人と生徒は入ってきた。僕は最初に来た和田君の後ろに背後霊のようについて教えていた。和田君は僕があまりにもいいタイミングで教えるので、「こりゃ、便利やわ!」と感動していた。後元吉さんとか、入野さん、仙頭君、中谷君などの生徒が入ってきた。元吉さん、入野さんは女子中学生だが、2人ともなかなかきれいな子供である。入野さんは裁判所勤務の頃一緒だった上田さんを若くして眼鏡を取ったような風貌だった。こっちの生徒にとりつき、あっちの生徒にとりついている間に授業は幕を閉じていった。

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