モッツアレラチーズ2 佰弐拾壱

昭和63年になった。もう2か月ぐらいで東京での生活も1年になる。僕の住んで居る北東建設の寮の2階の大部屋のテレビでは正月番組をやっている。映し出されている映像は右翼の大物である笹川良一が天皇陛下に新年のご挨拶をしているところである。正月の休みも 餅をいただいたくらいで、寮でごろごろしている。東京の建設業界で働き始めて1年ほどたつので仕事もそこそこ覚えたし、業界の事情も少しは分かってきている。問題なのはこの業界が世間一般とは隔絶したところがあるということである。北東建設は東北地方の出稼ぎなどの働き手が多く、70歳ぐらいで現場を退いても賄仕事などに従事して居残っている人もいる。所帯持ちの人は寮の外に出て生活している。建設業界に入ってくる人も土工やとび職は流れ者が多く、各現場ではいろいろな経歴を持つ人に出会う。北東建設でも人を雇うのは主に手配師と呼ばれる人が駅などで流れ者をスカウトしてくることが多いのである。建設業界の流れ者は短期2週間満期で働き、給料を手にすると飯場を出てカプセルホテルなどに宿泊する人が多い。そういう人は回転ずしを食らったり、ある種息抜きをしてまた飯場に帰ってくる。この業界のこういった流浪の民は老い先どうなるか。飯場で働きづめに働いた後、救世軍のお世話になったりするという。僕はこういった事情を聴き、自分の先行きを思って半ば暗い気持ちになった。そこで僕は転職をしたいという気持ちがつのり、求人ガイドを見て求職活動をしてみた。ミスタージャイアンツの長嶋さんが住んで居る田園調布の「平八」という焼き鳥屋の従業員募集に応募してみた。「平八」の暖簾を潜った。おかみさんが出て来て僕の肉体労働者風のいやしい風体を眺め、「家はいいところのお客さんが多いからね!」といかにも江戸っ子の歯切れよさで迎えた。少しして、怪我無い太って大柄な大将がでて来て、店のカウンターに並んで座って話をした。大将は「蓄えはあるの?ここで働いても十ぐらいにしかならないよ!」と言い、僕の仕事で荒んだ手を取って人情味のある感じで応対した。僕はおかみさんの話で気が引けていたので積極的な売り込みもできず店を出た。やはり薄汚れたジャンパー姿で食べ物屋のアルバイトの募集に出かけたのはまずかったなと気が付いた。アルバイトの応募が不調に終わって高知へ帰ることが思い浮かんだ。家の父母とはすでに連絡が取れ、時々便りが届いている。電話で1度話もした。家のことを思うと信心のことが薄っすらと気持ちに入ってくる。寮から10分ほどで渋谷方面へ抜ける大通りがあるが、大通り沿いによく服を買う安物売りの服屋のすぐ近くに昇華学会の建物がある。今は昇華学会の事は全く頭にないが、仕事も全て信心で戦っているようなところもあるのである。御本尊様からずっと離れて暮らしている。

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