モッツアレラチーズ2 佰拾玖

もう東京に来てから3か月経つ。これからだんだん暑くなり始めるので夏場は厳しい仕事になりそうである。昨日で2週間の満期日になっているので、今日は休みである。帳場で係の倉田さんに給料をもらう。2週間働いて、手取り80000円ほどである。随分懐が温かく成った。倉田さんに今日の休みはどうすると聞かれ、図書館に本でも見に行きますと言ったら、「図書館はいい女居ねえぞ!」と言われた。起きた時には朝食が済んでいたので、朝食を取らずに中原区の図書館に行った。図書館の書棚でいろいろ本を探していたが、今の自分の境遇を思い、横山源之助の「日本の下層民」という本をぱらぱらと捲った。本の内容は社会主義的な色彩が強くあまり馴染めなかったので数ページ読んだだけで本を置いて、図書館を出、会社の寮に帰った。部屋には川端さんがいた。川端さんも今日満期日で休んでいた。川端さんと一緒に新宿に出ることになった。武蔵小杉の駅に行く前に第一勧業銀行の中原支店に寄って、手元に2万円残して預金をした。赤い通帳の数字を見てにんまりとほくそ笑む僕を見て、川端さんは「俺はその辺の草でも何でも食って生きてるから」と言った。武蔵小杉から東横線で渋谷まで行き渋谷で山手線に乗り換え新宿まで行き、新宿歌舞伎町へ行った。歌舞伎町にはスラムのうさん臭さが漂っていた。昼を過ぎたので川端さんが知っているラーメン屋で一緒にラーメンを食べた。新宿にはこれと言ってみるものもなかったが二人で遊歩道をぶらぶらと歩いた。途中アメリカ人が銭を入れる帽子を傍らに置き、椅子に座ってギターを演奏していた。大道芸人の無銭旅行者であろうと思った。僕は帽子に500円硬貨を入れてあげた。印象に残るほどの技量だとは思わなかったが、日本人は外国人にやさしいという印象を与えようと思ったのである。川端さんは「あんなのにやらなくていいよ!浦ちゃん優しいから!」と言った。帰り川端さんと一緒に青山に寄った。南青山にある翻訳学校の「バベル翻訳学院」に寄った。川端さんは馴染みのない学校の雰囲気に戸惑っていた。「浦ちゃん帰ろうよ!」と袖を引いた。僕は受付の人に学校案内のパンフをもらってビルを出た。逃避行とはいえ折角東京に出てきたのだしということが頭の傍らにあったからである。ビルを川端さんと一緒に出た途端、土工から翻訳家への転身は不可能だという不安が襲ってきた。寒々とした心持で電車に乗り会社の寮に帰った。寮に帰って、もう高知を出てから3か月も経つので元気にしていると家と光の村に手紙を書いた。家には勤め先の住所と電話番号を知らせた。多分、行方不明で捜索をしているだろう。光の村には事情を書いて、辞職の届と帰ったら改めて挨拶をする旨を書き送った。

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