モッツアレラチーズ2 佰拾陸

国道1号線の終点は日本橋だった。光の村を午後に無断で退勤し、自宅に戻って両親に書置きを残してから2万円ほどの金を持って、本田スーパーカブ49㏄に乗り東京へと向かった。逃避行である。差し迫って光の村での寮生活ということになり、高知を離れないといけないと強く思い込んだので衝動的な道行きだった。もう春が近いとはいえ寒いので雨合羽を着たまま出掛けた。国道32号線をひた走りに走り、高松について、宇高フェリーにバイクと伴に乗り込んだ。宇野から岡山まで行き、国道2号線に入り、ひた走った。梅田新町の交差点から国道1号線に入り、またひた走った。途中時折大型トラックなどが来て道端に避けたりしながら休まず走った。温度表示の掲示板は4℃を示していた。寒いので徹夜で走ってもあまり眠気に襲われない。翌日の夕方名古屋に着いた。流石に2日徹夜で走る気力は残っておらず、1泊5000円のビジネスホテルに停泊した。防寒体制の服装だったのでホテルで泊まれるだろうかと懸念したが首尾よく泊まれた。朝8:00時にホテルを出た。所持金の関係で東京で仕事にありつくまで食事もそうはできない。しかし、スタンドに寄ってガソリンは補給しなければならない。静岡を過ぎ富士山を左手に見たときは少し気持ちが明るくなった。静岡を過ぎてから前を走っている軽トラックから毛布が落ちた。僕は野宿の可能性を考えてこの毛布を拾い、後ろの荷台の上に乗せて括りつけた。東京に着くまでに疲れが極点に達し、民家の軒先で手に入れた毛布を掛けて仮眠を取った。朝方どんぶりを回収に来た出前のあんちゃんが僕が軒先で寝ているのを見て、「なんじゃこりゃー!」と驚いた。そうして今僕は日本橋に居る。東京について考えることは職探しである。東京では住所不定の人間も職にありつけると聞きました。日本橋から上野公園に来た。上野公園でのベンチで少し休んでいると僕と同じようなみすぼらしい風体をした男が離れた所のベンチに座っていた。その男の目はいっちゃっいそうになっているようだった。不気味な気分に襲われながらその場を離れ、渋谷駅に向かった。渋谷駅の自転車置き場にバイクを止めて、駅の売店に向かった。売店で求人情報を見ていると、小ざっぱりした格好の中年の男性に声をかけられた。その男性は働き口を持ち掛けてきた。「食事が付いて、宿泊はただで1日6000円」と言った。僕の脳裏には一瞬「タコ部屋」という言葉が閃き身構えた。しかし、東京に着いた早々渡りに船と仕事にありつくとはと思いその男性に付いて行った。渋谷駅から東横線で田園調布とか代官山などを通り、川崎市の「武蔵小杉」という駅で降りた。駅から10分ほど歩いたところ、中原区の今井仲町にある北東建設という会社の寮に着いた。寮の食堂に案内された。椅子に座らされて待っていると北東建設の人事課の人が来た。人事課の人は僕の素性や現況を尋ねた。「君ねー、30も過ぎて定職がないって、今まで何してきたの?」と説教を垂れてから風体は卑しいがどこかしら真面目そうなところがあると思ったのかすんなりと日雇いではあるが雇われることになった。3人部屋に連れていかれ荷物を置いた。部屋でくつろいでいると2人の同室の人が現場から帰ってきた。山中さんと川端さんであった。山中さんは僕と同じぐらいの背格好で動物の目をした人だった。川端さんは背が少し低く、がっちりした体格の人であった。裸電球の6畳ほどの部屋で3人は居た。 

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