モッツアレラチーズ2 佰拾壱

栗の木は青々ともう夏の雰囲気が漂っている。「光の村養護学校」での勤務ももう3か月に近くなる。ここの養護学校は文字通り村のように職員が学校敷地内の寮に住んで生徒と生活を毎日共にしているので通勤している職員も勢い学校に居る時間が長く、長時間の勤務となっている場合が多い。今日も6時半にスクーターに乗って永国寺町の家から出て7時半ごろ養護学校に着いた。学校に着くと生徒と宿直の職員が食堂で食事の準備をしていた。朝食はご飯とおかずだが、ご飯は秤で分量を量って「男子前」「女子前」と体格に合わせて管理をしているようであった。僕も食堂に入ると、同じく車で通勤をしている流合先生と共に席を開けてもらってお相伴に預かった。光の村の生徒の生活は歯磨きや洗顔、食事や掃除、といった基本動作から主に体作りと仕事を通して自立を目指すものになっている。そこで、生活指導員も食事など生活動作を共にしたり、体作りとしての体操や殊に光の村で力を入れているマラソンに付いたりする。食事の後、生徒と一緒に掃除を手伝った。掃除の後北野先生と一緒に和太鼓の練習に参加した。光の村では和太鼓のチームを持っており、公共のイベントなどでも和太鼓の演奏をしたりする。服装は青の字に白鍵の法被に頭に捻じり鉢巻、白い半ズボンに足袋と言った馴染みのスタイルである。この日は「祭りばやし」と「常勝太鼓」という演目を練習した。北野先生の「イヨー!祭囃子!」の掛け声でドンチャカ演奏の練習が始まった。僕も太鼓を叩かせてもらったが、叩いている内にリズムに酔い、ドラマーのような叩き方になっていた。慌てて北野先生が、「先生しばらく見学していてください。」と水を差した。光の村の和太鼓はピクチョーとしてはなかなか見栄えのするものになっていた。和太鼓の練習が終わり、森先生と一緒に「紙器工場」の仕事に付いた。光の村では紙器工場でかつお節の箱とか闘犬の箱とかとかを作って利益を上げている。紙器工場だけでなくパン工場や「南風堂」というパンや菓子の店の経営もして利益を出している。しかし、これらの仕事は利益を出すというよりかは仕事を通して生徒の自立を目指すものになっている。紙器工場は主任の谷本先生と森先生、他に運搬を主にやっている中村先生が生徒を見ている。紙器工場に付属した断裁工場は光の村たたき上げの門田先生の担当である。紙器工場ではまず断裁された段ボール紙を「ステッチャー」という機械で四隅を鋲止めをする。結構危険な作業であるが僕はガチャガチャと鋲止めをした。鋲止めをした箱に化粧紙をノリで張る流れ作業を「さすり」という。この作業は上手くやらないと紙に皺ができたり、空気が入ったりして売り物にならないのでかなり熟練を要する。この作業はやらしてもらえなかった。谷本先生が「せんせー!お願いします。」と箱に金箔を押す作業を頼まれた。谷元先生は僕より背は低いが長髪で男前の先生である。紙器工場で使っている機械は何か年代物のからくり機械なので調整などはかなり職人技のようである。従って谷本先生は生徒の指導よりこのからくり機械を使って紙器工場を運営することに力が注いでいるように見える。紙器工場で働いて、5時から生徒と一緒にマラソンをして6時半にはスクーターで光の村を後にした。

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