モッツアレラチーズ2 佰捌

栗の木には吐く息も寒々と雀が止まっている。結局「1パーセント君の店」は試用期間の3か月で止めてしまった。なかなか持ち場が決まらず、 惣菜の係の手伝いをしていたが大卒にふさわしい仕事ができないと思ったのでやめることにした。辞める時最後の給料を受け取った。中山社長と専務との話で引き留めるニュアンスの言葉もあったが、給料の入った茶封筒を受け取って辞めた、がかなり中身はぶ厚かった。社長は「一番厚いんと違う!」と僕の勤務時間の長さに一言言葉を添えた。1週90時間近く働いていたかもしれない。長時間働かねばならないという強迫観念に突き動かされていた。「1パーセント君の店」を辞めてからもう2か月ほど経つが今日から菜園場にある学習塾に勤めることになっている。先日、洞が島の昇華学会の座談会に出席していた帰りに、支部長の滝本さんに学習塾に勤めたいということを伝え聞いたが、親戚でまじめな男が学習塾をやっているので行ってみないかと言われた。滝本さんはすぐに電話で連絡をし、今日行くことになったのである。滝本さんに書いてもらった住所と地図を頼りに菜園場にある「学芸塾」にママチャリで出かけた。永国寺の自宅から追手前高校、土佐女子高校の前を通って、追手筋に出て真っ直ぐ、蓮池町から菜園場に行った。門柱の所に「学芸塾」の看板があったのですぐわかった。時計を見ると午前11時だった。割と立派な2階建ての家屋で敷地もけっこある民家であった。玄関から声をかけると50歳ぐらいの黒縁の眼鏡をかけた中肉中背の男性が出てきた。これが熊沢塾長であった。話をしていると同志社大学のドイツ語の植松先生を思い出した。ドイツ人のような感じという意味である。今日は日曜日だが授業はやっていた。授業を見学するということで教室の後ろに座らされた。講師は高知大学の西村という男で新堀小学校の生徒を教えていた。「相当算は割り算!」という熊沢塾長仕込みらしいフレーズを使って教えていた。小学生は熊沢塾長の手作りのプリントを解答させられ、答え合わせをしていた。20分ほど見学して、教室から母屋に戻り熊沢塾長と雇用の話をした。塾長はしばらく給料なしの見習いというニュアンスで話をし、僕に小学校高学年のかなり複雑な分数などの計算問題を解かせた。答え合わせをしたが10問のうち半分は計算間違いだった。その後、「20人ぐらい人を集めて自分で塾をやってみれば!」と言葉を添えたうえで、見習いという意味が分かっただろうという感じで僕を食事に誘った。もう昼の1時近くになっている。菜園場の大通りに面した仕出し屋の2階に上がり、熊沢塾長と2人で刺身定食を食べ、話をした。食事が終わり、明日からの授業の割り振りなどを書いた紙を受け取ってから家に帰った。家でのんびりしていると、午後3時ごろ山口君から電話があり、すぐ近くの「オルガン」という喫茶店にいるというので出かけた。「オルガン」は永国寺の自宅から歩いて5分ぐらいのところにある。店に入ると入り口のすぐ右側の2人掛けの席で山口君はペペロンチーノを食べていた。高知女子大学の図書館からの帰りだという。この「オルガン」という店も高知女子大学の学生がよく来るらしい。そういうちょっとしゃれた店である。最近山口君はフランツ・カフカの「城」という本をよく持ち歩いている。山口君は特に高知女子大学の学生との付き合いはないようであるが。

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