モッツアレラチーズ2 佰陸

朝起きて、カーテンを開けた。庭の栗の木の実はすっかり落ちてしまっている。父の部屋でお勤めを済ませ、母の用意してくれた朝食を食べた。今日から一宮にある「1パーセント君の店」というスーパーにレジ係として勤めることになっている。先週までに、今まで勤めていたワシントンホテルの「ガスライト」と文殊塾はやめた。「1パーセント君の店」の採用試験に合格したからである。ただ、正式採用は3か月の試用期間を経てということである。前の勤めを辞めたのは正社員として働くのが難しいと思ったからである。ガスライトの裏の仕事は正規雇用される道もあるかもしれないが大卒の仕事としてはやりがいがないのではないかと思った。文殊塾は僕のイメージしていた塾の講師の仕事というより学校が終わってからの子供の世話ということのようであったからである。朝食後8時頃ママチャリに乗って家を出た。比島を通り、薊野から真っ直ぐ一宮への大道路を急いだ。店に着いて、ホールで中山社長の開店の挨拶があった。中山社長はテレビ局に勤めたり、議員の秘書をしたりしていたが、一転スーパー業界に転身したという。中山社長はナポレオンヒルズの「成功哲学」をぶちかまして新入社員にやる気を促していた。朝のミーティングが終わって開店準備となった。「1パーセント君の店」のレジスターは新式の物で商品価格を打ち込んだりしなくても、商品に印刷されているバーコードを台に翳しただけでスキャナーで読み取り商品価格が計算されるという優れものであった。僕の隣のレジは左右両方とも若い女性であった。右隣がちょっとふくよかな清原さんで左隣はベテランの山野上さんであった。今日は開店日とあって、開店と同時に途轍もないような数の人が店でごった返した。中山社長の目玉商品を打ち上げる新しい宣伝方法によってこれだけの人が来店したのかもしれない。「軍艦マーチ」が流れる中、朝から夕方までレジに立ち通しだった。この日は7時に店を閉めて、レジ係はレジスターの用紙と釣銭を合わせたが、何回繰り返しても合わなかった。副社長である中山社長の娘さんが見てくれたが会わず時間切れとなった。「1パーセント君の店」は役員の構成からして中山社長の同族会社のような雰囲気だった。店から帰って、家に着くともう午後8時を回っていた。遅い夕食を1階で父と一緒に食べていると玄関でノックする音がした。玄関に行ってみると、山口君だった。山口君は僕が去年高知に帰ってからほどなくして京都の余韻を楽しんでから僕を追うようにに高知に帰ってきていた。最初は駅前のグリーンホテルに滞在していたが、今は愛宕山南町のアパートにお母さんと一緒に住んで居るという。ステレオなどの大きい荷物は岡崎君に処分してもらったらしい。玄関先でうんこ座りをしている山口君と現況などについて話をした。山口君の受験戦争ももう終わったようであった。

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