モッツアレラチーズ2 佰弐

目覚まし時計の音で目を覚ました。最近は目覚ましがないと起きられないので利用している。洗顔を済まして、3階の父の部屋にご安置しているご本尊に向かう。読経をしているといろんな思いが浮かんでくる。体調不良の克服の基礎を医学ではなく信仰にしようとしている。最近では昇華学会の会合には出ているが病院への通院は滞りがちになっている。信仰は心の拠り所にはなっているものの状況を変えていくほどの力にはなっていない。所謂防戦一方の状態になっている。勤行を済まし、朝食を取らずにママチャリに乗って家を出た。早朝はモーニングを食べに来る客が三々五々入ってくるぐらいでそう忙しくはない。レストラン「現代」での勤めも半年近くなるが、また昇華学会に取り囲まれたような状態になっている。というのは先日店長に昇華学会のことを話すと店長も昇華学会員だという。「大び長をやりゆう!」と言っていた。「大び長」というのは地区の大ブロック長のことであろう。ここのレストランは職場としては僕を除いて家族的と言えるかもしれないがアルバイトが多く長く勤めるのは大変だと思っている。ウェイターという仕事に関しては料理の運び方とか一通りの要領は覚えたので他のレストランでウェイターとして勤めることも考え出している。午前中暇なので客が注文したチョコレートパフェを喫茶部で作って出した。生クリームをホイップから上に形よく乗せなければならないが、何かずんぐりした形のものになった。しかし、客は特に何も言わずに食べていた。近頃は昼食を抜いて、レストランの庭で縄跳びをしたりすることもある。体調不良が何かストイックなところから打開されるという逆さまな考えに捕らわれて、ボクサーのような趣だ。出口はご本尊に求めるしかないという原点を忘れて、色に迷い小乗教のような考えに捕まっていた。僕は殆ど午前中中心のシフトだったので今日も午前8時から午後4時まで勤めて、ママチャリに乗りレストランを後にした。家に着くと午後5時前だった。今日は7時から洞が島の北村さん宅で昇華学会の座談会に出席することになっている。家に帰って、創元社の「精神医学への招待」という本を捲りながら、岸田秀の共同幻想論と同じようなことが書いてあるなあと思いながら、プロデューサーの僕は迷妄の中に迷い込んで行っていた。7時から昇華学会の座談会に出席するために北村宅に向かない足を無理に向けた。昇華学会の座談会はいつでもどこでもおんなじことの金太郎飴だが、今日は大び長の恒石さんと大び担の森崎さんが中心で座談会は進んだ。森崎大び担は「そこすかしといて」とか「バッチリ」とか「よかった、よかったばっかりで!」など昇華学会独特の言葉遣いをする人である。座談会の後、男子部の玉木部長が体調不良等の悩みについて幹部の指導を受けようという話を持ち掛けてきた。

 

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