モッツアレラチーズ2 佰

秋も深まり、栗の木にはイガイガを付けた栗の実が成っている。裁判所を退職してから、天神橋の近くの下司病院に通院しながら、本を読んだり昇華学会の会合に出たりしている。担当の中谷先生からは治療に専念するように「宣告」を受けたが昇華学会の会合などに出ているとどうしても就業を考えざるを得なくなる。今日から弟の尺八の先生であった宝町の山﨑先生の弟さんの紹介で春野にある現代企業社というレストランチェーンのレストラン「現代」にウェイターとして勤めることになっている。体調不良の中でどうやって仕事に対応していくかを考えながらの就業となる。体調不良の中での仕事というのはストレスに見舞われながらの仕事という意味である。お勤めを済ましてから朝食は取らないで7時過ぎにママチャリで扱ぎ出した。この赤い中古のママチャリは薫的神社の前の自転車屋で買ったものである。永国寺の自宅から春野の「現代」までママチャリで40分くらいはかかる。自宅から県庁前を通って桝形に出、月の瀬橋を渡って、土佐道路に出て、朝倉針木から荒倉トンネルを抜け、春野にあるもう一つのレストラン「イエロープレーン」を右手に見ながら5分ほどで土佐道路から少し北に入ったところにある「現代」に到着である。8時前に店の裏口から中に入った。黒縁の眼鏡をかけ、黒い服を着た小太りの店長に声をかけた。店長は僕を従業員用のロッカールームに案内してくれた。黒いズボンとクリーム色のシャツのユニホームを手渡された。部屋で着替えている人はおらずもう皆店に出ているらしかった。店長はタイムカードのことや仕事の手順や注意事項を簡単に説明してくれ、、「今日は水だけ出して、店内を見よりや!」と言った。店の中に入った。まだモーニングを食べている人が男女2人が居るだけだった。店長はその2人の人の所に僕を連れて行った。その2人のうちの年配の小柄な男性が店の経営者で大西さんという人だった。今は店の経営は息子さんがしているという。勘定場を取り仕切っている中年の女性に挨拶をした。この人は小島さんという人だった。厨房で準備をしている、コック長やコックさんにも挨拶をした。全部で4人ほど働いていた。喫茶部門の方の担当をしている主任に挨拶をした。宮部さんという僕より少し年上ぐらいの男性である。店長の補佐の様な年頃の女性の井上さんという人が出て来て挨拶をした。ウエイターは時間によって交代制になっている。今日の朝のローテは高卒の石田君と高知大生の阿部君、若い小柄な女性である山中さんだった。挨拶を済ましてから仕事に入った。トレイの持ち方やウェイティングの姿勢、店内への目の配り方あるいはひびの入ったコップの見分け方などを簡単に教えてもらいレシートなどを書き込む台の後ろに立った。8時からぼつぼつ人が入りだした。今日は平日なので客でごった返すことはないとのことであった。客が入ってくると素早く石田君や山中さんが水をトレイに乗せて滑り出す。僕は時々タイミングを見計らって水を客に出した。まだメニューと価格を覚えていないのでレシートは処理できない。朝方はほとんどの客がモーニングの客であった。「現代」のモーニングはよくあるパターンの野菜サラダとトーストとコーヒーである。モーニングの時間が終わり、昼前になると急に客がたくさん入ってくるようになった。ステーキ、ハンバーグのランチ類、「現代定食」五目ソバといった注文が多かった。昼の休憩時間に入った。昼のと言ってももう2時を回っている。昼のご飯は店の料理を注文することになったが、その際「ジュ―食ワンです!」と言って注文しろと店長に言われた。それで僕は「ジュ―食 ワンです!」と言って五目ソバを注文し、店の2階で五目ソバを食べた。店長や井上さんは従業員の部屋で手持ちの弁当を食べていた。昼食の時、バイトの石田君と話をしたが、僕がママチャリで通勤する話をすると時間がかかりすぎないかと指摘した。バイクに抜かれていくとき悔しいということである。石田君は喫茶でチョコレートパフェを作れるほどに仕事に慣れており、「ババロアは別名食い放題」だと言っていた。午後3時まで仕事をしたが、今日は水を出して、経って店内を見ているだけだったので失敗もなく仕事は終わった。仕事が終わってからこの仕事はストレスが重なってくるとできそうもないなとふと思った。石田君や山中さんが流れるように動き回る姿が脳裏を横切った。

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