モッツアレラチーズ2 伍拾玖

桜が満開、高知城も薄っすらとピンク色。栗の木にはよしよしと名残惜しいるりかけす。今日、京都に発つことになっている。家族4人そろって朝食を取る。家族には京都に行っても達者で暮らせよという雰囲気が漂っている。父は平らげた空の膳を前に、爪楊枝でしーはーしーはーする手を休めて言った。「京都の下宿の部屋には一応布団とかベッドは揃えちゅうき!後は入学式が終わってから自分で揃えや!」。母は高知駅までタクシーで送って行くと言った。弟に「大学受験頑張りよ!」というと「お兄ちゃんも体に気を付けて!」と答えた。3階に上がって旅行支度をしていると弟は尺八の稽古に城北中学校の東側の宝町にある山﨑先生のところに出かけた。紺のブレザーとグレーのフラノ地のズボンに着替えて旅行鞄に衣服や食料、本などを入れて階下に降りた。母が家の前までタクシーを呼んでくれた。母と一緒に門を出る時、永国寺の家と庭を振り返ってみた。家を出て暮らすのはもちろんこれが初めてだ。しかも連れ添うものは誰もおらず、ただ一人京都へと発つ。タクシーに母と一緒に乗り込んだ。高知駅について、改札を抜け,階段を上がり降りして切符を確かめながら乗車口の停止位置に進んだ。高知駅の2番線のプラットホームに8:53分発の南風2号が入ってきた。小柄な母の腕に手を置いて「それじゃあ行ってくるき!夏休みには帰ってくるきね!」と言い置いて列車に乗り込んだ。南風2号はカタコトと出発した。自由席なのに2人掛けの席に1人で座われた。向かい合った前の席に体格のいい人が乗り込んできた。その人は僕に話しかけてきた。自分の服の襟に止めてあるバッジを指さして、自慢げに「これ、山口組の銀バッジや!ええろう!」とにやりと笑った。山口組って、あの暴力団の・・・・。単なるコケ脅しだろうか?そういえば人相が悪いなあと思いながらも席を変えたりはしなかった。無事宇野について、連絡船に乗り込んだ。南風の車内販売で弁当を変えなかったので、連絡船で立ち食いの讃岐うどんを食べた。掛うどんなので入っているのはカヤクだけだが太いうどんがしこしこして美味しかった。連絡船から普通列車に乗って岡山まで行った。岡山から14:23分発のひかり17号に乗り、午後3時過ぎには京都駅で降りてチンチン電車で大学受験の時行ったことのある河原町今出川まで行った。下宿は左京区の岩倉という所にあった。京福電鉄の出町柳という駅から電車に乗って岩倉駅まで行かなければならない。地図で出町柳に行くには鴨川の橋を渡らなければならないので橋の方へ向かって歩いた。橋のところまでくると橋の向こうに駅があるのがわかった。橋を渡って出町柳駅に着いた。切符を買って無人の改札を通り椅子に腰かけて電車を待った。プラットホームに待合駅名が書いてあったので行先の岩倉を確かめた。止まっている電車は「鞍馬行き」だった。この電車に乗れば岩倉に行ける。元田中、茶山、一乗寺、修学院、宝ヶ池、八幡前を過ぎて、岩倉に到着した。岩倉駅で降りて、下宿先の住所と父に書いてもらった駅からの道筋を頼りに「兵庫荘」を目指した。兵庫荘は駅から北へ歩いて15分ほどのところの小川の川沿いにあった。兵庫荘の門をくぐると2棟あったが、1棟は学生の下宿向きにもう1棟は母屋で家主さんが住んで居ると分かった。玄関口で声をかけるとおばあさんが出て来て挨拶を交わした。「かわいいぼっちゃんやなあ!」と言って部屋を教えてくれた。家主さんの住む母屋の2階は下宿生のために4部屋あった。用意された部屋は1番奥の北側の部屋であった。思い引き戸を開けて中を見ると薄緑のカーテン、薄緑のカーペットが敷いてあり、押し入れの前に布団を掛けたベッドがあった。食膳用の小さいテーブルの上に鞄から入学式の案内を出して置いた。空腹だったが食料しか持ってきていなかったので飲み物を下宿屋の門の前にある自動販売機で買った。「カナダドライ オレンジ」という炭酸飲料であった。部屋に戻って、胡坐をかき鞄から出した食料の食パンにポテトサラダを挟んで食べ、カナダドライで「ぐびぐび」と胃の腑に流し込んだ。晩飯はどうしようと思っていると、岩倉駅前にあった「大扇」という食堂が頭に浮かんだ。

 

 

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