モッツアレラチーズ2 伍拾捌

桜が咲き始めた。栗の木には今年も来たかるりかけす。受験校の合格発表も終わって、そろそろ大学生活に備えて生活を整えていきたいと久しぶりに家族4人の朝食の席に着いた。家族と一緒に朝食事を取ると何となく普通の生活に戻ったような気がする。それともうすぐ家を出て県外に出るのでそろって食事ができるのもあと少しだと思うと不安や寂しさが入り混じった気持ちになる。丹前姿の父が、「月の末までに京都へ行って、下宿先を決めてきちゃおき!」と言った。3月の初めに東京へ橋本君と一緒に早稲田法学部と上智大法学部と法政大学の法学部の合格発表を見に行った。早稲田大学と上智大学は不合格だった。法政大学は案の定合格しており、事務室で入学申込書などを受け取った。合格発表を見て高知に帰ると家に同志社大学からの合格通知と入学案内が届いていた。結局合格した同志社大学の法学部と法政大学の法学部のどちらに行くかを決めなければならなかった。高校や予備校の同級生はほとんどが東京の大学に行くことになっていた。3月初めから新聞に大学合格者の氏名が発表されているのでそれを見てわかっている。田内君は早稲田の文学部、殿川君は法政大学の工学部、橋本君は早稲田の政治経済学部、広田君は関西学院大学の法学部、西森君は日本大学の法学部、谷君は駒澤大学の経営学部などである。広田君は兵庫の大学だが、他は東京である。入学先を決めるのに父の意見も聞いたが、父は「同志社は基督教系の大学やし、同級生も東京は行く人が多いがやったら法政の方がええで!」と言った。僕は同志社の方が受験の際の偏差値が高さや、同級生に対する世間体のよさなどを考慮すると選択価値が高いように思った。自分の学力や法律を学ぶという視点から見ることができなかった。同志社大学も法政大学も入学金や学費が私立大学にしては比較的安かった。同志社大学に入学するのに結局150000円ほどの費用を両親に負担してもらうことになった。

朝食を済まして3階に上がった。間仕切りの障子を開けると春休み中の弟が「親切な物理」を読んでいた。弟は4月から高3で受験生になる。もう志望校は決まっているようだが僕は理系志望という以外はよく知らない。予備校の祝賀会は終わっていたが、広田君から電話があって予備校仲間が集まるので来ないかということであった。高知駅とはりまや橋を繋ぐ大通りの蓮池の電停から少し南に行った通りの東側の電気屋「宮地無線」の2階にある「えるぴい」という喫茶店に行った。喫茶店には7,8人人が集まっていたが、2年浪人することになった岡崎君を除いてほかの皆は行く先が決まっていた。第1志望の大学に合格した面々は意気軒高だったが、僕も含めて第2,3志望に留まった人はトーンが低かった、田内君は「土佐寮」という高知県関係の寄宿舎に入寮する予定だと笑み満面で言っていた。他は下宿やアパートに住む予定らしい。喫茶店で簡単な食事を済まして、2:00過ぎには家に帰った。3階に上がって父の部屋をノックした。父の部屋は良く片付いていたが、東洋的な仏壇の空間と洋式の画材や部屋の雰囲気が不思議な調和をなして僕の身を包んだ。父はロバを抽象化して、さらにデザインとして画の中に入れる試作を何枚か描いていた。父に京都での下宿先のことを尋ねると、「3,4日中に車で京都に出かけて、不動産屋に当たって決めて来るき!」と答えた。

お知らせ

遅いパソコンのスピードアップ!!

性能が低いHDDからSSHDやSSDに

ディスクのクローンで丸ごと引っ越し

OSの起動スピードが速くなる