モッツアレラチーズ2 伍拾漆

梅は咲いたか!ほーほけきょ。昭和49年2月ももう半ばを過ぎた。イチローの決戦は終わった。合格発表を待っている。去年は現役だったので2校しか受けなかったが、今年は後がないので6校願書を出して、結局5校受験した。東京の大学だけ受験するつもりだったが、田内君に誘われて京都の同志社大学も一緒に受験した。2月のとある日田内君と高知駅で待ち合わせて朝8:00の特急南風に乗った。高松から宇高連絡船に乗り、船内で讃岐うどんを食べている内に宇野に着いた。宇野から普通列車で岡山に行き、岡山から京都まで新幹線に乗った。京都に着いて、駅前からチンチン電車に乗って四条烏丸で降りた。四条烏丸下がるにある「本能寺会館」という旅館に泊まった。田内君が申し込んだのは受験生パックだったので、食事は大広間で受験生らしい人々と一緒に取った。旅館で一泊して、翌朝四条烏丸からチンチン電車で河原町今出川まで行きあとは徒歩で同志社大学まで行った。二人とも法学部を受験することになっている。田内君は作家志望で他の大学では主に文学部を受験する予定である。今出川から京都御所に向かって歩いた。京都御所のすぐ北に同志社大学今出川校舎はある。道すがら受験生が多い。同志社大学の東隣には同志社女子大学があるのでそこの受験生もいたかもしれない。受験に際しての席は田内君とはだいぶ離れていた。試験の状況はというと英語ではありきたりの文法問題の他に長文が2問あったが割合と調子よく解けた。答案用紙は全て埋められたが、自信はあまりない。国語では苦手の古文でラジオ講座で見たことのある新井白石の「折りたく芝の木」が出題されており、なんとなく解答できた。そういう具合で試験の手応えはそこそこあったが、受かったという自信はなかった。昼食をはさんで午後2時には試験が終わり、田内君と旅館に帰って荷物を持ち、東京へと向かった。東京駅で田内君と別れ、山手線に乗って四ツ谷駅に行く。四ツ谷駅から歩いて麹町にある警察共済の「半蔵門会館」に向かい今年もお世話になる。その日半蔵門会館に宿泊し、翌日四谷にある上智大学法学部を受験した。上智大学の試験問題は他の科目はともかく、英語がとんでもないものだった。なんと90分の試験時間で長文問題が4問もあり、最後の2問はほとんど斜め読みのあてずっぽうで回答した。これではとても通らんわ!という印象を残して試験は終わった。2日目本命の早稲田大学法学部は去年と同じく四谷から地下鉄で早稲田前まで行き受験した。今年も全く手応えなし。失意のうちに宿に帰った。3日目は法政大学法学部は飯田橋にある。法政大学の試験問題は普通の問題であった。普通のというのは例えば英語は受験生によく使われている森一郎の「試験に出る英単語」とか「試験に出る英熟語」、文法は西尾実の「実践英文法」で十分解答できるという意味である。日本史なども「チャート式新総括日本史」で問題なく解答できるものであった。これは通ったという手応えがあった。4日目の青山学院大学法学部はなんと青山駅を降りてから迷ってしまい、曲道をくねくね歩いてさっぱりわからなくなり途方に暮れた。時計を見ると9:15分。もう試験場に入れないなと思い、受験を諦めた。試験を終えて帰り「半蔵門会館」を発つときには疲れ切っていた。もちろんやり切ったとかいう充実感は少しもなかった。ただ、法政大学の法学部は合格できたろうという気持ちは残っていた。今合格発表を待っているが、月末には橋本君と一緒に東京へ合格発表を見に行く予定である。全部不合格の場合は2年目の浪人となるかもしれない。門田君のように大学に行くのをやめて公務員になるという進路もあるにはある。学校に出かけている弟は今年高3なので来年は受験だ。弟は尺八の師範の免許を今年取る予定なので尺八を教えることも可能だが、大学に行って職能を身に付けたいと言っていた。

 

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