モッツアレラチーズ2 参拾捌

桜は7分咲き。栗の木にはお元気よう!るりかけす。1年9ホームで集まるのも今日で最後だ。4月5日からは2年生として新学期が始まる。重松先生が第3回の実力テストの答案と席次表を皆に返した。科目は英・数・国で点数はそれぞれ36点、25点、68点。総合点129点、席次456人中155位。実力テスト1回から3回まで右肩下がりの成績だ。このままでは成績は順次下がって2年の終わりには正規分布のグラフの左半分の位置に達するに違いない。2年生からのクラス分けは理系コースと文系コースに分かれる。理系コースは国立大学理科系の受験に合わせたカリキュラム、文系コースは国立大学文科系に合わせたカリキュラムになっている。オリエンテーションで僕は理系のコースを選択していた。先生の話では毎年理系コースの方に成績上位の生徒が集まるので所謂偏差値の高い大学の受験を希望する者は理系コースを選択する方がいいということであったからである。この日重松先生から2年生のクラス分けが言い渡され、僕は2年5ホームに組み入れられることになった。1ホームから6ホームまでが理系で7ホームから9ホームまでが文系である。同じクラスの岡崎君や高野君などが2年生でも同じクラスということであった。今の成績では数学が悪すぎてとても理系の上位大学の受験は無理だ。数学の成績がよくない理由はわかっている。参考書の揃えすぎである。学校で指定されている教材だけをやればいいのだが、つい嫌気がさしては新しい参考書に変える。「もう何冊も買いましたね!数学Ⅰの参考書」。更にいい加減な性格の割に「パーフェクト!パーフェクト!」の完全癖が襲ってきては最初の「式と計算」からやり直すので何時まで経っても「式と計算」ばかり勉強しているからである。おかげで「式と計算」のところは無暗やたらと詳しくなっている。成績低迷の原因は参考書の揃えすぎに尽きていた。2年生のクラスも決まり部活へと向かう。剣道部も3学期から3年生は受験のため部活にあまり出てこなくなっていたので稽古の指揮が下がっていたが新学期からは樋口さんが主将で部を引っ張ることになっている。ぜひ今年は剣道部をひっくり返す志ある新入生が入部して、引き締まった筋肉質の剣道部を目指したい。5月には県体も控えている。南の体育館で稽古をした。剣道着のお陰で体の大きい筋肉質に着やせした、実はぶよぶよの体の西田と稽古をした。全く自然体のところがなく、やることなすこと逆な上にエネルギーが有り余っているので非常に稽古しずらい。見た目は普通に稽古をしているように見えるし、試合でも結構勝つのでどうしようもないのである。「こういう部員が多いと剣道部の精神が淀むなあ!」と思いながら気持ちの悪い稽古を終えた。夕方家に帰って、3階に上がり、ノックをして父の部屋に入った。クルミ材質の円形のテーブルの上に「長曾我部の土佐駒」という本が置いてあった。長曾我部元親は関ヶ原の時西軍に着いたが、その前に四国で豊臣軍に負けたのであった。その敗因が「土佐駒」だったのである。土佐駒というのは土佐の地方土着の馬のことである。この土佐駒に乗った騎兵隊が長曾我部軍である。対する豊臣軍は船で渡ってきた本州の馬に乗った騎兵隊である。この両者が戦い、長曾我部軍は敗れた。「土佐駒」が小さすぎたからである。長曾我部軍の「土佐駒」はロバのように小さく、足の短い馬で人をやっと乗せて走っているところ、大きい、足の長い本州産の馬に乗った豊臣軍に上から切り付けられほうほうのていで逃げ帰ったという。父はロバのように小さいこのユーモラスな「土佐駒」に興味を持っているのだろうかと思った。自室に戻ると弟が帰宅していて、いい色の尺八にはーはーと息を吐きかけながら布で光沢を出していた。

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