モッツアレラチーズ2 参拾

5月を過ぎて1年9ホームでの高校生としての学校生活にも大分馴染んできた。8:45分から学校の敷地の北半分ほどを占めるグラウンドで朝礼があった。1年生から3年生まで各ホーム男女2列縦体で1300名ほどの生徒が前へ倣えで間隔を取って整列する。朝礼ではお立ち台の上での校長や教頭の訓話の他、各部活動での大会参加や成績優秀者の表彰、行事日程、学則の周知徹底などの注意が行われる。この日の朝礼は特筆すべきこともなかったが、終わってぞろぞろと各教室に引き返し、9:00からの授業開始を待った。1時限目は重松先生の英語だった。今習っているところはグラマーの5文型のところである。重松先生は高知女子大の英文科の卒業と聞き及んでいたが、非常に流暢に宇津句敷声で英文を読んでいた。「さっすがー!」と大野君がヤジを飛ばした。「先生の発音はきれいなけんどカナダ訛りがあるねえ!」と言葉を継いだ。「カナダ訛り?そこまで分かるか!英語のプロか!大野は」と僕は心の中で思った。「このクラスは途轍もなくできるやつが多いのか!」まだ中学校の時のようにクラス内での学力のポジションがわからなかったので少し不安を感じる時もあるのである。「S+V+C」の文型の授業が終わった。2時限目入交先生の国語の授業の時間、西側にある教壇から向かって一番右の列の後ろから2番目の席に座っていた僕はふとガサガサと物音がする左の後ろの方を見た。すると柔道部の中平君が教科書を盾にして弁当を食べていた。今流行っているフォークソングの「受験生ブルース」の歌詞のようだと連想した。「1時間目が終わったら♪♪ 無心に弁当食べるのよ♪♪」。3時限目の体育は河野先生の基礎体力測定であった。河野先生は体育の先生にしては小柄な人で「60㎞の男」と呼ばれている。これは河野先生の車のスピードメーターの針が止まっている時でも60㎞を指しているからなのである。基礎体力測定は50m走、走り幅跳び、鉄棒の懸垂などである。50メートル走のタイムは中学校の時と同じ7秒フラであった。走り幅跳びで5メートル10を跳躍し、懸垂をするために鉄棒の前に2人づつ並んだ。僕の前の順番は岡崎君であった。岡崎君はでかい体にも関わらず9回、10回、11回と続けた。僕は自然と体に力が入り見ていたが、13回で止めた。昼休みになって普段は教室で母に作ってもらった海苔弁当を食べるのだが、この日は中学の時同じクラスだった高野君たちと一緒に体育館の南隣にある食堂でけつねうどんを食べた。このけつねはカツオだしが効いていて美味しいのだが弁当と比べると左程食べごたえはない。昼食を終えて体育館でバスケットボールを楽しみ、その後食堂の前に設置してある飲み物の自動販売機でコカ・コーラボトラーズのファンタグレープを1本飲んだ。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、お腹をちゃっぽん、ちゃっぽんさせながら4時限目の授業を受けるために教室へ戻った。5時限目の地理が終わって部活に向う。今日は部室で稽古着には着替えず体育館へ向かった。体育館の北側の一部に衝立が設けられて囲まれている所に入った。剣道部の顧問の西野先生は剣道だけでなく居合道の心得もあり、今日は特別剣道部員に真剣の日本刀で居合の演技を見せてくれるということであった。西野先生は金糸・銀糸の袴と白足袋を履き、鞘に納まった日本刀を下げて衝立で囲まれたところに入ってきた。「日本刀の真剣を見たことないろうが!」と刀立てに日本刀立て、その前に正座した。刃身が80センチほどの日本刀を取り上げ、真剣を抜いて縦にかざしポンポンと磨き粉で真剣を叩いた後紙で拭き取った。先生は立ち上がって、腰帯に日本刀を差し、僕たちが見ている所から数メートル離れたところに移動した。真剣を抜いて縦に横にと素振りをしたり、八双の構えでしずしずと足を捌いて歩いたりした。最後に片膝をついて横に刀をぶんと一閃振り切ってから鞘を斜めに傾けて「すうーっ」と日本刀を収め、柄から10センチほどのところでピタリと止め、「ふうーっ」呼吸と共にパチンと音を立てて全てを収めた。先生は日本刀を刃立てに立てて、座っている僕たちの顔を「どうよ!」といった感じで得意げに見回した。僕は先生の演技中刃身が柄から抜けて飛んでくるのではと恐怖感があったが、先生の見事な流れるような立ち振る舞いに感じ入っていた。それにしても日本刀は美しく、物としての魅力も十分にあると思ったが、妖刀村正のように恐ろしいとも思った。3分そこそこの演技だったが、居合は全くすごいものだと思った。

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