モッツアレラチーズ2 弐拾参

しわしわしわ、おーしんつくつくおーしんつくつくと蝉の声にも季節が混じりだした。今日は日曜日だが港まつりの剣道大会が浦戸中学の講堂であるので、学校に集合してから浦戸中学までバスを乗り継いでいくことになっている。家族4人で朝食を済ましてから母に作ってもらったお弁当を防具袋に入れ、竹刀と防具を肩に掛けて自転車で学校へ向かった。今日の参加者は正選手5人と補欠2人で応援団は講堂が狭いので立てていない。城北中学校前でバスを待っていると堺町行きのバスが来たので乗り込んだ。僕は春日と行動を共にした。春日は標準的な中学3年生から言えば体格もよく体つきも引き締まった筋肉質のようである。試合では副将を務めるが、団体戦ではいいところで必ず勝つという勝負強さがある。堺町から浦戸行きのバスに乗り換えて浦戸中学に着いた。城北中学剣道部総勢7名は校門のところで案内の役員に導かれて講堂近くの教室に入った。教室で着替えをしたり、食事をしてほしいということであった。剣道着に着替え、防具と竹刀を持って 講堂に入った。本日参加校の16校は既に全て入場しているようであった。講堂には仕切り線が3か所ビニールテープで引いてあって、3試合づつ時間を決めて行っていくことになっている。16校のトーナメント戦の組み合わせが紙に書いて貼ってあったが、我が校の1試合目の対戦相手は青柳中学であった。簡単な開会式があって、城北は初回から東のコートですぐに試合となった。城北は青柳中とは力が互角だった。先鋒で戦った僕は面2本とって勝ったが、次鋒、中堅と敗れ、副将の春日が青柳副将の樺島と戦っていた。春日は鍔迫り合いを得意としており、嵌るとぐいぐい押し込んで時には仕切り線を越えて押し倒すほどのこともあった。樺島との対戦でも鍔迫り合いとなったが、樺島が嫌い半身になった。こうなると樺島はかなり戦意を喪失していた。春日はフェイントのかかった面を決め、2本目も胴を抜いて圧勝した。2対2になり、大将戦にもつれ込んだがこうなれば勝ちは見えている。大将の野間は6月に開かれた全国中学剣道大会でも2位に入るほどの剣士であり、県内では敵がないからである。野間の足さばきはさらに磨かれていた。対戦してみればよく分かるのだが野間は前後左右に相手に気付かれないようにに移動することができる。気が付くとすでに1歩踏み込めば面を打てるところに移動してきており、間髪を入れず「スパーン」面1本脳震盪ということになる。また、左、右と相手の苦手な方苦手な方へとスムーズに回り込みことができるので体勢の崩れた嫌な角度から1本取られることも多いのである。それは尾祖露敷足さばきなのである。野間は青柳の来栖から難なく面2本を奪い、我が校を勝利に導いた。午前の部の試合が終わった。午前中で負けたチームは帰るので午後は4チームだけが残っている。城北中は勝って、ベスト4まで残ったので午後も試合がある。控室の教室に戻った。母に作ってもらったお弁当を春日と話をしながら食べた。お弁当のおかずはいつもの卵焼きとタコ型に切った赤いウインナーだった。ウインナー、縁起がいいなと思いながら口に運んだ。午後の試合ではなんと準決勝で僕が強豪学芸中の先鋒小笠原に勝ち、城北の勝パターに持ち込んで決勝に進んだ。結局、決勝で2-3で高知中に敗れ2位になって大会は終わった。午後3時半には城北中学校に戻り、選手は講堂で水筒のお茶を飲み干してから離散した。5時ごろまで家で「諸国廻歴日録」を読んでいたが、階下で声が聞こえたので下に降りて行った。ドアを開けるとまた昇華学会の森崎さんが来ていた。7時からの座談会への誘いだった。入会する気は全然ないが、最近座談会への出席を断るのが難しくなっていた。「行けたら行きます。」と煮え切らない返事をしてドアを閉めた。7時ちょっと前に洞が島の森崎宅に着いた。玄関には相変わらずたくさんの靴が脱がれていた。会の内容は前の時と同じような内容だったが、青年部の人が布教の決意を述べる場面で、「広布の捨て石になる覚悟で武田先生のお役に立ちたいと思います。」というのを聞いて、僕は「全体主義か昇華学会は!」と心に強い違和感を覚えた。帰りこんな団体に入ったら大変だと思いながら家路を急いだ。

お知らせ

遅いパソコンのスピードアップ!!

性能が低いHDDからSSHDやSSDに

ディスクのクローンで丸ごと引っ越し

OSの起動スピードが速くなる