モッツアレラチーズ2 弐

城北中学校に入学してから、最初のクラス編成が行われたが、その後1が月ほど経ってから早くも2回目のクラス替えが行われた。今度は1年2組に組み入れられ、担任は京都の大谷大学を卒業したばかりの澤本という若い女の先生であった。今度のクラス替えは訳ありのようであった。というのは大学を卒業したばかりの若い先生が城北中学に配属されたのでその先生達に1年生のクラスを担当させる必要があったからだと思う。社会科担当の澤本先生と理科の担当の前田先生といういずれも女の先生であった。1年2組は学校の敷地の南側にある校門から北に向かって2階建ての校舎が3棟並んで建てられていたがl、その一番北の校舎の1階の西から2番目の教室であった。クラスが変わった初日に席決めがあったが、僕は4×5列の2掛けの机と椅子が並べられている中で右から2番目の列の1番前の席だった。2掛けの席の隣は坂本という手足のよく伸びた顔立ちの整った女性徒であった。この初日にクラスの委員を決める議決があったが、この日は代表委員と生活委員を決めた。代表委員には僕と弘内さんという中学生にしては知的な感じの女生徒が選ばれた。生活委員は松尾君に決まった。代表委員というのはクラスに何か問題が起こったとき先生に怒られる代表のことである。当時学校では朝のクラスルームの時間にお昼に弁当を持ってこない人が食べるパンや魚のてんぷらなどを注文していた。僕はいつもは母の作ってくれるのり弁当を持ってきていたが、この日はポテトサラダを挟んだコッペパンと魚のすり身を注文した。1時限目は大倉先生の数学であった。大倉先生は年配の女先生で歯切れのよいハスキーな声で教えていた。1年2組は割合おとなしく静かなクラスであったが、時折、先生の言うことが気に入らなかった時など当時流行っていたビートルズの「インザタウン♪ホエアーライワズボーン♪イエローイエローセブマリン♪♪」など歌を入れてヤジを飛ばしていた。この日はクラス替えで授業は午前中だけで終わり、昼食をとった。昼食の時、国沢さんが床に落としたあんパンを大谷君が素早く拾って食べていた。そんなまだ飢えのある中学校である。教室を出て校舎と渡り廊下を隔ててある講堂に入った。講堂では器械体操部の北村さんが鉄棒で大車輪をやっていた。講堂の中央あたりで待っていると剣道部主将の京島先輩をはじめ7,8人の部員が集まった。剣道部は15人いたが練習をさぼる部員も多く、集まるのは10人ほどであった。顧問の米津先生が来て秋にある高知市の体育祭の試合に向けての取り組みと準備についての説明があった。米津先生は日本古来の武道である剣道の顧問ではあるが英語の先生であり、蝶ネクタイをするようなかなりハイカラなスタイルの先生であった。その所為かわが校の剣道部は主将の京島先輩を除いて、気合の入った凛々しい雰囲気というよりはかなり奇抜な個性あふれる雰囲気を醸し出していた。午後2時には帰宅の途に就いた。帰宅途中どこかに寄り道して立ち寄るということはほとんどない。あっても家の近くの金高堂書店ぐらいである。家に帰ると日蓮法華宗の道友で父を入信に導いた三谷さんのスバル360が駐車場にあった。3階の自室に入ると隣の父のアトリエから三谷さんと話している声が聞こえてきた。「今日の御住職の話にあった三大秘法の戒・定・慧の三学が信・行の中にすでに実現しているというお話ですが・・・・・・」部屋では弟が大きい双眼鏡を使って庭にある栗の木や塀に止まっている鳥を見ていた。まだ反射式の天体望遠鏡で大写しに見て、写真を撮るという計画は実現しあぐんでいるようであった。母はまだ務めている病院から帰宅していなかったので、父がオレンジジュースとクッキーを僕と弟に持ってきてくれた。

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