チョコ51

令和3年になって、早2月も半ばとなった。パソコンのネット販売の計画を準備中であるが、生活はお寺通いの信心中心になっている。昨日私の通っているお寺の宗派では宗祖日蓮大聖人御生誕800年の佳節を迎え、この日を期して12年にわたって布教を続けた結果、見事に誓願(せいがん)は達成された。宗祖大聖人を末法の御本佛と拝するのが宗門の教義の核心をなしている。従って、100年ごとの御生誕の日は重要な節目となる。今回もコロナ騒動というまさに社会の変質が表に出てくるような大きな変化を体験することとなっている。私はコロナ騒動はこれから急速に終息へと向かっていくだろうと予想している。理由は宗門の世の中への影響力が本物なので、12年かけた誓願の達成によって世の中がいいほうに向かうと思うからである。「大悪起これば大膳来る。」のである。宗祖の御生誕の期日を境として世の中は自然へと回帰し始めると思う。コロナ騒動の終息以後、未来は創るものであるという乱暴な考えは壁によって撥ね返され、自然の流れに沿った未来を受け入れていくという姿勢に変わってくるだろう。人間が幸せな生活をするためにできることは限られているという認識を失わずに1歩でも前に進めていくことである。コロナ騒動で強く思うことは自然の在り方を無視して人間の世の中を創っていくことはできないということである。自然の中に人間の住処を見出していかなければならない。人間は生きていて体のあるうちは未来を創れると思いがちだが、個々の人間は死んでしまって体を失えば未来を創ることはできず、決められたところに行くしかないのである。また、人は死んでしまえば世の中の未来とは世間的な意味として関係がない。すなわち世の人は3世(さんぜ)過去・現在・未来という時間の連続性を見失っているので未来を創れると錯覚するのである。未来を創れると思うのは生きて体があるうちだけなのである。実際は深いところで縁によって繋がって行っているのが実の姿である。昨今の世の中が虚妄に合うものを創るために自然を無視して足掻き、混とんとした不可逆的な状況を生み出し続けているのをコロナ騒動の最中に考えているのは私一人であろうか。コロナ騒動終息を以て世の中が無駄を創るのを止め自然へと回帰し、可逆的な世界へと進みゆくことを期待している。仕事が少なくお寺通いが中心の生活だったので「チョコ」というタイトルのブログは仏教の殊に日蓮大聖人の教えを基礎に綴ってきたが、宗門で目標にしてきた御生誕800年を期しての誓願は達成されたのでこの51本目で「チョコ」は一応の終了を見たい。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経

 

 

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