チョコ44

10月もあと2日で終わりとなる。コロナ騒動がまだ終息していない最中定期的に通院している病院に診察に出かけた。診察において、担当の医師からMRIの検査を受けるように勧められた。なぜこのような勧めを受けたかというと問診で体がしびれるとか、お題目が思うように上げられないと訴えたので脳梗塞かもしれないとの感じを持ったかららしい。しかし、私としてはそのような検査を受ける気は毛頭ないのである。というのは体がしびれたり、お題目が唱えにくかったりすることの原因が頭の血管の異常などとは少しも考えていないからである。医師に質問されてもいえることと、言えないことあるいは言っていいことと悪いことがあるからである。私が体が思い通りに動かないと思う原因はこの言ってはいけないことの部類に属すると思ったのである。言って悪いことというのは世間的にはばかられることや世間的には荒唐無稽と考えられ、科学的に実証の仕様のないことなどである。不具合から人の体の事や成り立ちについていろいろ考える。以前私は「胃にいい生活」というタイトルでブログを書いていたほど胃という臓器には関心が深い。人間の体は表面が頭皮などすべて皮で覆われている。中は骨とそれを包む筋肉及び内臓と血液また、それ以外の空間がある。それ以外の空間について思いをいたすことは少ない。これは想像だがおそらく神経があまり直接的に働かないように内蔵の神経などの保護となるような空間が存在するとか磁気的な働きに関係していると思い及ぶところもある。この空間は想像を超える価値と働きを担っているのかもしれない。この身体内部の空間をくり抜いて電気を通せば内臓の各神経を刺激したり、ことによっては胃壁に傷をつけることができるかもしれない。胃壁に傷をつけれると人間にどのような影響が出るか。これは専門家にしかわからない。特に胃という臓器は精神面と深いつながりがあることが知られているので各部位を刺激すれば人間の精神を操作できるなどと考えるのは荒唐無稽であろう。胃を刺激して性的刺激をすることができたり、怒らせたり、笑わせたりすることが可能などと考えることである。こういうことをするのを体幹ボーリングと名付けてはどうだろう。更に電極を人間の体のこのボーリングされた部分に通すことができれば、これによって人間の体や精神を操作できるかもしれない。ボーリングというのは建設の掘削などと同じく用いられる用語である。足をボーリングされれば足がしびれ思うように動かなくなるし、顔面がボーリングされれば言葉が自由にしゃべれなくなるのである。鼻をボーリングされれば臭いが普通には嗅げなくなる。自由に動かないということは操られる可能性を示唆しているかもしれない。これぞ最近はやりの自動運転の実体版というのはどうであろう。自分の体の不具合についてこのような考えが浮かぶので医師の勧め通りMRIの検査を受けたりはしないのである。この際普通の人は言えないことは言わないで医師の勧めに従って検査を受けるのであろう。この検査がPCR検査である場合はコロナウイルス騒動となる。コロナウイルス騒動が異次元なのは案外こんなところにその複合的原因があるのかもしれない。仏法では人間の心身は五陰(ごおん):色・受・想・行・識が仮和合して、それに6根(耳根・舌根・眼根・鼻根・身根・意根が備わったものであると説いている。更に人間の体は水・地・火・風・空の5大であるとも説いている。ここで、仏法は人間の体を固体的実体とは見ていないのである。そうだとしても実際修行としての題目が思うように唱えられないと一往は仏道修行は万事休すなのである。やはり有形無形の信仰の自由は大切なものであるとひしひしと思う。無形の信仰の自由の保障とは一面プライバシーが守られることの保障である。

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