チョコ18

4月も半ばになって桜も散り、春爛漫の暖かさである。今年は2月には親戚が経営しているデイサービス関係の仕事が入り、3月は県外の寺に参詣などしていたので比較的活動的な暮らしになっている。テレビで世情のニュースを見たりするが、世の中は相変わらず浅く、早く動いているようだ。自民党の総裁選も近いということもあって首相の周辺が騒がしくなっている。一番問題になっているのは首相のご意向がかかったとされる案件についてお役人が不正をしたということである。お役人の仕事は法律に基づいて適正に手続きを進め、国会でできた法律を遵守させることであるが、お役人が本分に悖ることをしたというである。政治家にしてもお役人にしてもそれぞれの本分というものがある。本分を支えているのは最近使われない言葉だが、政治家魂であり、役人魂である。本文に悖ることをしているとこの魂は抜けていく。正確ではあっても魂の抜けたロボット政治やロボット行政になってしまうのである。そういう政治や行政は国民の生活を魂の抜けたロボット生活にしてしまう。以前日本では魂という言葉が良く使われていた。刀は武士の魂。一寸の虫にも五分の魂。日本人には大和魂があり、アメリカ人にはヤンキー魂があった。日本人があまり魂という言葉を使わなくなったのは最近の欧米化が著しいことを物語っていると思う。特に、アメリカのマテリアリズムの影響が著しいのである。マテリアリズムに虚妄はない。しかし正念もないのである。仮想はあっても実体は虚ろである。魂という言葉と共に最近あまり耳にしないのが徳という言葉である。お役人が本文に悖ることをすると役人魂が抜けていくのも徳というものが失われるからである。アメリカのマテリアリズムに関連してAI(人工知能)というものがあちらこちらで喧伝されている。AIに魂を吹き込むのは人である。悪鬼が身に入った人にAIが操られる可能性は常にあるのである。AIというものは人の利便性に供するものである。人の生活を魂のないものにする為のものではない。AIに力があって、人の世が支配されるとすればそれは本末転倒の事態である。さかさまに事が進んでいく。仏教では「本尊」というものを置くことがある。「本尊」は曼荼羅であることもあれば仏像であることもある。仏作って魂入れずという言葉があるが、「本尊」は建立した人の魂と関わっている。「本尊」に手を合わせることはそれを建立した人との魂の連動をすることである。

 

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