チョコ14

2017年も残すところ3日となった。今年のコスモスPCサービス高知の営業は1台のパソコンの販売と1件のパソコンサービスだけであった。仕事が少ないと世間との行き来があまりないのでこの1年はかなり浮世離れしたものとなってしまった。世間の感覚を保つのはテレビやインターネットのニュースによるが最近のメディアは真実や事実の報道ということが曖昧になっている。それは世の中の多様化による等価性とか価値の相対性あるいは経済的理由といったことによっている。年末になると少し浮き浮きした気分になるのには変わりがない。近頃、あまりカーステレオ以外で音楽を聴くことはないがごくまれに手持ちのオーディオ機器で音楽を聴くことがある。もう10年ほど前のものなので小型のJBLのCONTROL1という機種のスピーカーはエッジのウレタンがボロボロになっていた。インターネットで調べてみると同じ機種のスピーカーエッジを売っている店があったので通販で購入し、付け替えた。ついでに、音響のアンプとCDプレーヤーも蓋を開けて内部のホコリの掃除をした。音楽機器が新しくなったような気分になったので、ビバルディの「四季」とショパンの「英雄ポロネーズ」、「ラ・カンパネラ」などのピアノの名曲を聴いてみた。安価なオーディオにしては十分な演奏の再現力がある。音楽に関しては何世紀も前の曲を人は聴き続けている。演奏の収録や再現はデジタル化してクリアになってはいるが、作曲者のイメージに近いものを今聴けているかどうかは疑問である。しかし、音楽はもともと数学的な構成をするので大きな違いはないのかもしれない。誤差は切り捨てるのがデジタルというものである。昔天分のある人が作った曲は今も聴かれているし、これから先も聴かれ続けるだろうと思う。現在作られている曲は1世紀過ぎると聴かれなくなっているに違いない。科学技術は進んでいるが音楽は進んではいないのである。現在の世の中でも未来に長く続くものを残したいものである。価値というものが多様化しても、西洋の哲学者が残した真・善・美という価値基準というのは今でも考える余地があると思う。1次的な肉体の欲求の満足だけでは人は生きて行かれないからである。人の心を動かすものは価値がある。仏教は仏法を説いている。仏法を端座して修行するものは正念となり、実相を思う。正念は虚妄ではない。虚妄は時の流れに浮かぶうたかたである。うたかたは生じては消えていく。1世紀続くことはないのである。実相だけが時空を捉えて果てしなく流れている。

 

旧いパソコンが蘇る!

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ディスクのクローンで丸ごと引っ越し

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