チョコ5

このところ天気が悪く、そろそろ梅雨に入りそうな雲行きである。仕事がないので考え事をして、ブログを書いていると不思議なことにさらに仕事が来なくなる。世の中は移り変わっていくが元のところはあまり変わりがないように思える。最近よく「逃げ恥」という言葉をニュースのタイトルなどで見かける。これは「逃げるは恥だが役に立つ」という最近流行しているドラマの略称である。ちょっと風変わりなタイトルなので、調べてみると「恥になるような逃げ方をしても、生き抜くことが大切である」というハンガリーのことわざに由来るそうある。このドラマは予告編ぐらいしか見たことはないのだが若い人向けの番組のようである。最近の若者も逃げているのだなという印象である。時代は変わっても逃げるという 生き様に変わりはない。一昔前「モラトリアム人間」がいた。「モラトリアム人間」とは精神科医の小此木圭吾氏が「モラトリアム人間の時代」という著書の中で描いた若者の生き様である。モラトリアム人間は経済的な余裕を背景に大人になることから逃げていた。大人になるための代価を支払うのを猶予されて逃げ続ける万年青年をモラトリアム人間と呼んだのである。大学時代の英語の教科書だったエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」では自由に伴う義務や責任から逃走して権威にしがみつきファシズムへと向かう人間の危うさが書かれていた。このように昔から人間は逃げて来たのである。逃げることの一番のもとは現実から逃避することである。ユートピア思想には今も昔も変わりはない。現実から逃げて、夢や幻を追いかけるのが人間の常である。最近の「逃げ恥」でも日本の若者は逃げている。しかもなりふり構わず逃げているのである。昔は恥を忍んで逃げていたが、今はなりふり構わず逃げて「今」を生きている。何から逃げているのか。過去のしがらみやストレスなどであろう。一日中スマートフォンにしがみつき、なりふり構わず逃げて世の中のひんしゅくを買っている。なりふり構わず生きるのはエネルキッシュでたくましいかもしれないが、体裁が悪いだけでなく、はた迷惑でもある。わかっているのは運命から逃げることができるのは生きている間だけだということである。臨終には逃げ場はない。

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