モッツァレラチーズ1

当時9歳だった私は子供部屋の2段ベッドの上で目覚めていた。女中のKさんがノックをした後で、静かに部屋に入ってきた。カーテンを引き、窓を押しあけた。曇天の鈍い光が差し込んできた。Kさんは私と弟に洗顔を済ませてから、1階に朝食を取りに来るように告げた。洗顔の時、私は歯を入念に磨くようにしていた。というのは母が歯のことを取り立てて言うからである。母はあまり教育熱心なほうではなかったが、歯を大事にすることと正座の時に座イスを使うことは強く注意をしてくれた。大人になった時、歯がだめになったり、足が曲がったり、太くなっては取り返しがつかないからである。朝食のテーブルに着くと、Kさんがサンドウィッチとオレンジジュースをトレイに乗せて持ってきてくれた。今日の学校の帰りに画材店へ父と行く約束をした。朝食を済ませ、3階の子供部屋に戻った。時間割に合わせて、教科書をランドセルに丁寧に入れた。3年生になってまだ1月余りなので教科書は真新しく、印刷のにおいがする。私はその頃、本といえば教科書しか読まなかったので、愛着を感じ大切にしていた。階下に降りて、弟と一緒に通学の途に就く。通っている追手前小学校まで歩いて10分ほどで着く。永国寺の自宅の付近は学校が多いので、朝は学生がたくさん通学していた。正門のところで弟と別れて、一番南の棟の2階にあるB組の教室に入った。今日は月曜なので授業は6時限まである。小学校では担任の先生が全教科を教えていたので、先生が苦手な教科は分かりにくかった。先生の話や教科書が分かりにくかったり、分からなかったりする場合、考え方は2通りある。1つは自分の頭が悪いとか努力が足りないと考える方法である。もう1つは先生の説明や、教科書の記述が十分でないとする考え方である。当時の私は専ら後者の考えを採用していた。3年生では主要教科のほかに珠算を教えていた。珠算は楽しかった。物事を正確にやりこなすのが苦手だった私は、珠算がそれほど得意だったわけではない。そろばんという道具がモノとして魅力的だった。つやつや光る木製の珠を弾いたり、押しやったりする感覚が快かったのである。そろばんは袋に入れて大切にしていた。授業が終わったので、学校の前の追手筋沿いで父の車を待っていた。ホンダのクーペが止まって、運転席の父の顔が見えた。車に乗り込んで、愛宕町にある画材店へ向かった。細い道に入ると前方にタクシーが止まって、客を降ろしていた。タクシーは当然前進して通り過ぎていくものと思われた。前進して通り過ぎて大通りに出れば何の問題もなかったのである。ところがタクシーの運転手はまさかのバックをし始めたのである。父は仕方なくタクシーを通らせるためにバックして車が入りにくい袋小路に入って行こうとした。その時ガッという音がして壁に車がこすった。これが運転におけるモッツァレラチーズである。タクシーの運転手は事故のしわ寄せを父に食わした。傷ついた車は画材店に到着した。

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