2022年

6月

25日

モッツアレラチーズ玖拾陸

春になって、今年も裁判所の職員の移動時期が近付いてきた。簡裁民事の安井主任書記官から内々の打診があった。裁判所に入所するときの希望勤務地が出身地の高知だったので高知に帰ってはどうかという話だった。僕の体調不良や勤務成績を考慮して親元での通勤を勧められた。普通に考えれば願ってもない話だった。ところがみんな夢の中で上田さんの影を慕って生活していた僕は「うんにゃ!京都に置いてもらいましょう」と断ったのである。結局僕は4月1日から簡裁民事の支払い命令係に移動することになった。簡裁民事には勉強会などで付き合いのある笹井さんが会計の用度係から書記官の任用試験に受かって書記官として着任していた。任用試験は書記官研修所の試験と違い、実務能力を問われる試験なので難しい。笹井さんはまだ現役コース4年目なので異例なのである。日野さんの話では政策的配慮であろうと言っていた。今度僕が受け持つ支払い命令の仕事は前の略式命令の仕事と仕事の内容はそう変わらない。事件簿を付けたり、支払い命令を書いて裁判官や書記官ののハンコをもらい封筒に入れて送達したりする仕事である。しかし、件数が格段に多く、問い合わせや異議の電話がしょっちゅうかかってくる。簡裁民事はいつもけんか腰の電話応対である。簡裁民事に二人いる高橋さんは二人とも全く隙を見せず、「おたくねー!」と高飛車に相手に切り込んでいく。全く不慣れな僕は電話の応対に出ると「すみません、すみません」と謝ってばかりいるので後の仕事に間違いが多くなってくる。この様にして、仕事は山と積まれ、作業は遅々として進まず、垂れもつれて、昼休みもない残業状態に。今日も残業で遅くまで残って仕事の処理をしていたが、簡裁民事の部屋では仕事を終えて囲碁を戦わしている人もいる。僕が帰りしな、囲碁を止めた室谷さんが「お好み食いに行こか!」と声をかけた。室谷さんは小太りで40がらみの中年だがはいつも昼休み総務の山際さんと卓球をしている。快活な室谷さんは運動不足の僕に「あんた、体は僕の方が若いんちゃうか!」と言った。僕はげんなりした気分になったが一緒にお好み焼きを食べに行った。お好み焼き屋でお好み焼きを食べビールをかなり飲んで店を出た。室谷さんと別れたころには気宇壮大な気分になっており、通りに並ぶ家の門柱を押したりしていた。意外にも門柱は倒れなかった。表通りに出てからも電話ボックスを押したりていたがこれも倒れなかった。そんな風にして丸太町通りを歩き回っている内にたばこ屋のショーケースを壊してしまった。タバコ屋のおばさんが警察に通報して、ほっつき歩いているところを職務質問された。酔いはさめていたが、みんな夢の中だった。パトカーに乗せられて二条署に連行されて身分証明などをさせられた。裁判所の職員ということがわかって、裁判所と連絡を取り安井主任が引き取りに来てくれた。帰り、喫茶店で安井主任は僕に病院に通院するように強く勧めた。しばらく仕事を休むこととしてタクシーで高徳寺の下宿先に帰った。  

2022年

6月

19日

モッツアレラチーズ2 玖拾伍

年を越し、春も近くなって、下宿先を変えた。今度は上京区高徳寺町の三木さん宅に間借りすることになった。体調を崩してから偶に通院しながら仕事を続けている。体調は回復せず、「みんな夢の中」の生活に陥っている。父の仕事が一段落しているので高知から出て来て引っ越しを手伝ってくれた。去年体調を崩して勤めを休んでからも昇華学会の会合に出席したり、冬には京都文化祭があって今度は合唱で出場した。文化祭まで極度に冷え込む京都の冬空の元、裸足でサンダル履き、体幹ボーリングの堀さんと練習場に通った。今度下宿先を変えたことで昇華学会との繋がりから離れることができた。父の配慮からである。部屋に無事ご本尊様を安置して、当面お勤めだけ続けることにしている。家主の三木さんは年配の1人暮らしの御婦人だが用心のために下宿人を置いているのである。ところが僕は用心棒としては甚だ頼りない人物である。テレビの時代劇では用心棒と言えば浪人をしている強面の侍で片手に徳利を持った無精ひげの不健康な感じであることが多い。「先生、ちょっと出て来ておくんなせーやし!」と言われて奥から現れ、懐手を大きく開いて、徳利の酒を一口含み、刀の柄に吹きかけて出入りを助けるあれである。三木さんは鶏を飼っており、時々卵をくれる。裁判所の勤めもこの春で2年になるので慣れてきたこともあり、服装もラフになっている。マクベスのスタジアムジャンパーに綿のチノパンという銀ギラ銀にさりげない格好で通勤している。三木さん宅を出て高徳寺の通りに出ると吐く息は白い。身震いしながら首にエリマキトカゲのように襟巻をしっかりと巻き付けて、たたたーと走って行く。裁判所について裏手の守衛室の前で守衛さんに挨拶をした。守衛さんに持ってきた茹で卵を上げるとたいそう喜んでいた。略式へと向かう通路で総務課のベテラン女性事務官三矢さんに出会う。挨拶をしたが僕の風体に驚いたのかちょっと眉をひそめた。略式の部屋についてカーディガンに着替え、相知君の横に座った。相知君は1年目ながらいいペースで仕事をしている。午前中に簡裁刑事の植野さんが松葉杖をついて部屋に入ってきた。僕は非常に驚き、目を丸くした。休暇中にスキー旅行に出かけて、ボーゲンからクリスチャニアに移る段階で転倒して骨折したということである。その後昼食を一緒にと思って内線で人事課の上田さんに電話をかけて誘ったが、刑訟の三浦さんと先約があるということで断られた。結局昼食は書記官研修から帰ってきている日野さんと一緒に烏丸丸太町のレストランに行った。日野さんは僕の食べ残しの皿を見て、「お前は食い方が汚いんや!」と注意をしながら野武士のように皿の料理をきれいに平らげていた。午後相知君に今日仕事が引けてから刑事課の森さんと一緒にバーに飲みに行かないかと誘われた。午後の仕事が終わり、相知君と森さんと僕の三人で四条河原町のバーに飲みに行った。京都の飲み屋街は上流、下流と祇園の高瀬川を境にして分かれていると糖尿病で通の丸山さんが前に言っているのを聞いたことがある。今日行くバーは高瀬川の西側、つまり下級のバーである。3人でバーに入り、5人掛けのテーブルに着くと若いきれいな女性が氷の入ったグラスと酒を盆にのせて持って来て、僕の隣に座った。森さんはあたふたしている僕と違い、落ち着いたマナーで女性に対応していた。相知君も人が変わったように大人びて見えた。やおらその女性は僕の頬に頬をくっ付けた。僕は「ほお!」と思ったが狼狽えていた。森さんは僕にチップを弾むように催促した。僕はなけなしの金を女性に渡した。森さんは僕の対応の不細工さにありありと不満の顔色を示していた。結局僕は女性と話していても上田さんの影がちらついて全然身が入らない対応だったからである。バーを出てさらにと森さんに誘われたが僕は最近欠食することも多く落ち着かなかったので断り、二人は夜の四条に消えていった。

2022年

6月

14日

モッツアレラチーズ2 玖拾肆

昨晩就寝中、天井裏でカチカチというもの音がして目を覚ました。異常な感覚を覚えたがそのまま寝付いた。朝を覚ますと妙な感覚に包まれている。フランツ・カフカの「変身」か?昨日までとは違う感覚に包まれながらお勤めを済まし、下宿を出た。バスや地下鉄の中で人ごみでの話し声が耳について意識の中に入ってしまうことがある。烏丸丸太町の駅でまだ時間的に早かったので上田さんがいつも乗ってくる時刻まで電車を待ったが、上田さんは乗っていなかった。丸太町通りを歩いて、略式の部屋に着き、仕事に就いた。午前中仕事をしている時、略式の部屋に相知君と相知君より少し上ぐらいの年齢の森さんが相知君の所に話をしに来ていた。二人は親分、子分の間柄のような関係かと思った。その後今年簡裁刑事部に事務官として着任した上級乙の植野さんが入って来た。植野さんはそのうち歌手にでもなりそうな顔立ちの女性である。略式の部屋でも人の話ている言葉のうちの気になる単語が意識に引っ掛かって作業への集中力を奪っていた。僕の様子に少し異常さを感じたのか福島主任に「あんた、大丈夫か?」と言われた。僕は数年前山口君が不調に陥った時の様子を思い出し、「明日は我が身」という言葉が心を捕らえた。福島主任と相談をして、京都府立医科大で診察を受けることになった。心療内科の森先生に見てもらった。森先生は高知県に関わる人で僕の訴えを聞くと、高知の「あこめ」という病院の話をして、「病気が治らんうちは何をやってもダメ!」と釘を刺した。結局、「神経衰弱」という病名を付けられ薬をもらって裁判所に帰った。裁判所に帰って福島主任に診察結果などを告げた。福島主任はしばらく仕事を休んだ方がいいと言った。とりあえず明日から1ケ月休みを取り通院して病気を治すことになった。2時半に早退する時廊下で廷吏の御沖さんに会ったのでしばらく休むことを話した。御沖さんは「おんしゃ、暗いわ!」と言って、近いうちに同郷出身の土居簡裁判事と飲みに行こうと言った。紫竹の下宿に帰り、貰って来た薬を飲んで安静にしていたが、今日昇華学会の座談会に出席することになっているのを思い出した。こんなことになったのはもしかしてあの関西文化祭出場の影響かと頭に閃いた。関西文化祭は数万人の人が集まり、御日柄もよく大成功に終わった。僕が出場した男子部組体操も人間アーチが一部切れた外は順調で六段円塔のてっぺんを上田君が見事に取った。ところで大聖人の仏法を信心していてこんなことになるとは。なんの謗法による災いか。7時からの座談会に出た。鬼頭四郎元判事補に似た副支部長の坂口さんと支部長の井上さん話を聞いて、後から班長の先野さんに体調不良の話をしたが昇華学会の会合には出た方がいいと言われた。会合が終わって高知の両親に電話を掛けた。父が出て事情を説明すると父は体調不良は昇華学会の謗法のためであろうと言った。父は母に食事などの世話のために下宿にしばらく居てもらってはどうかと提案してくれた。僕は体調として誇大なイメージの高揚感があるだけでしばらく向いていないように感じている仕事を離れていれば元に戻るだろうと安易に断った。秋からだんだん冬に入っていく。

2022年

6月

11日

モッツアレラチーズ2 玖拾参

裁判所に勤めてから1年経った。京都地裁の各部署だけでなく、略式係でも移動があった。一緒に働いていた中野君は2年京都にいて今年から地元の大阪地裁に転出した。会計課で事務を執るということだ。書記官の丸山さんは簡裁民事部に所内移動した。代わりに書記官の植田さんと事務官の相知(そうち)君が赴任した。相知君は高卒初級入所の若手で頭がモンスター・ロシモフのようにもじゃもじゃの若者である。付き合いのある人もかなり移動した。日野さんは埼玉の書記官研修1部に入った。僕は仕事に関して2年目だが新任の相知君に教えてあげるほどのこともなく、事務作業の内容と手順を伝えただけである。この頃仕事が自分に合ってないのではないかと感じるのは人間関係がストレスになっているのだろうと思う。仕事がなかなか手に付かないのである。先日野球部の全国大会に同行した。同行したというのは僕は野球部員だが日頃から練習にも参加していないので補欠にもなれなかったからである。野球部が京都の大会を制して全国大会に出れたのは投手の佐藤さんの剛腕によるところが大きい。野球部員11人とマネージャーで総務課の山際さんと人事課の付き添いの柴田さんも同行した。この旅では旅館での酒盛りとかアメ横での買い物、野球の試合の観戦が印象に残っている。アメ横では人に贈るためのイニシャル文字の入ったペンダントを買った。旅館での酒盛りでは山際さんが僕に酒を注ぐのを嫌がっていたのが記憶に新しい。野球の全国大会は目白のグラウンドで行われた。田中角栄の目白御殿のすぐ裏手である。1回戦は岩手地裁に辛勝した。2回戦は茨木地裁が対戦相手であった。京都地裁のオーダーは1番センター嶋田、2番セカンド福嶋、3番ファースト牧野、4番レフト平井、5番ショート野口、6番サード御沖、7番ピッチャー佐藤、8番キャッチャー米田、9番ライト中田というものだった。1回、ピッチャー佐藤は好調で胸幅のある長身から投げ下ろす、ややスリークオータ気味の安定した投球をしていた。130kは裕に超えていると思われる伸びのある速球を主体に大きく落ちるカーブを決め球にしていた。ただ、京都地裁の打線が湿り気味で軟投の茨木のピッチャーを打ちあぐみ6回まで無得点であった。6回まで佐藤は8つの三振を取るほどの好投をしていたが、7回フォアボールのランナを出し、モーションを盗まれて2盗を許した。その後2アウトからライト前にポテンピットを打たれ、ライトからの返球がそれる間に2塁ランナーがホームインして痛恨の1点を取られた。結局京都地裁はのらりくらりと重く打ちにくい球を投げる茨木の投手を打てずにシャットアウトされ、1-0で敗れた。野球の全国大会のことを回想していると隣の席では怒りの相知君が差し入れの大福もちを口の周りを真っ白にして食っていた。

2022年

6月

06日

モッツアレラチーズ2 玖拾弐

冬場になって通勤にはトレンチコートを着ている。冬に比叡颪があって底冷えのする京都では勤め人にとってコートは必需品である。略式の部屋には基本暖房器具はない。膝に毛布でも掛けて仕事をするのが関の山だ。空調設備はもちろんない。服装において厚手のシャツとかラクダの股引などを着用して寒さを凌ぐしかないのである。しかし、若さ故か仕事で手が悴んだりすることはない。今日の勤務も午前中事もなく、昼休みに総務課に行く用があった。総務課に入って事務官の伊香さんに書類を手渡した。ふと部屋の中を見回すと応接用のソファーのところで鈴木事務局長と日野さんがオセロをしていた。僕が近寄って挨拶すると日野さんは1勝1敗だと言っていた。鈴木事務局長は面接のとき裁判所の寮に入らないかと勧めてくれたが、僕は部屋が広すぎるので寂しいというと怪訝な顔をしていた。鈴木局長は光頭会の会長のような、怪我ない頭をした人である。午後の仕事はこともなく終わり、コート姿の中野君が通路に吸い込まれていった。僕は今日6:30までに大阪城公園に行かなければならない。昇華学会の来年2月にある関西文化祭というイベントの練習をしなければならないのである。このイベントで僕は組体操の部に出場することになっている。組体操の練習で着る黄色いとレナート白いトレパンをバッグに入れて裁判所を出た。御池、河原町3条から橋を渡って京阪3条の駅に着いた。京阪3条の駅で空腹から駅弁を買い、大阪行の電車に乗り込んだ。電車にはちらほらと昇華学会青年部の人と思しき顔が幾人か見えた。席に座って弁当を食べていると顔見知りである昇華学会員の山本さんが前に立っているのに気が付いた。山本さんは機嫌悪そうに組体操のトレーニングの厳しさを仄めかしていた。大阪の駅についてグランドまで15分ほど歩いた。大阪城公園のグラウンドである。辺りはもう暗く照明灯が付いていた。集まった青年は1000人は裕に超えているだろう。オレンジのジャンパーを着た指導員が各地区のプラカードを持った係員の後ろに隊列を組むようにと拡声器でが鳴っていた。「そこ!すけないやないか!」と拡声器が鳴り響いていた。まだトレーニングの最初なので組体操は1部だけでほとんど基礎体力トレーニングである。腕立て伏せ100回、腹筋50回、スクワット50回という調子のメニューである。組体操の華は円塔である。今回の昇華学会の関西文化祭では業界初の全体主義的6段円塔を企てている。6段円塔のてっぺん取るのは上田君とだけ決まっている。6段円塔、5段円塔、4段円塔、3段円塔とそれぞれ分かれて組む。僕はそれ程体格は良くないが上背はそこそこあるので4段円筒の1番下を受け持つことになった。4,3,2,1の4人のうちである。4段の1番下では4人で上の6人の重さを支えるので足腰がしっかりしていないとかなり危険である。僕はふらついていた。大聖人の仏法を信心していてこんなことをすることになるとはという疑問が脳裏をかすめていく。すると「そこ、ふらついとるな!3段へ行け!」と言われた。組体操のトレーニングが終わって三々五々駅に向かった。帰りグランドの沿いにホットドッグのの屋台が出ていた。背後から拡声器で「買うなよー!買うなよー!」という声が鳴り響いていた。僕は腹が空いていたのでお構いなしにホットドッグを買い、ほう張りながら駅へと向かった。

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