2021年

6月

04日

モッツアレラチーズ2 捌

10月10日の市の体育祭を明日に控えていた。体育祭は午前10時から桟橋通りにある県民体育館で行われることになっていた。体育祭に補欠ではあるが出場するので剣道着と袴を誂えてもらっている。剣道着と袴を着けて浴場にある全身鏡で見るとさすがに馬子にも衣裳でスタイルがよく凛々しく見える。父に見てもらおうと思って父の部屋に入ると日蓮法華宗の道友の三谷さんと話をしていた。父がよく参詣している中水道の寺院の話をしていたので椅子に座って話を聞いていた。「浦成さんはご本尊を受けられてからよく参詣されているようですが、いかかですか。」「何か僕だけ他の信者さんとは違っているような違和感もありますが、寺院に参詣するとやはり寺院に安置されているご本尊様の功徳があるのでしょう。」「本来寺院や御講内にはご本尊様の御威光が届きわたっていなければなりません。ご本尊様の仏力・法力です。これについて蓮祖大聖人は[法尊きがゆえに人尊し、人尊きがゆえに処尊し]と御書にお認めです。寺院が貴所であるのはこのためです。寺院に足しげく参詣するとこの功徳があるのです。」「参詣しても功徳ががなくなるということはないのですか・」「それは人殊に住職が謗法になっている場合は功徳はありません。謗法をしている人は尊くないので処も穢れているからです。住職をはじめ参詣者がご本尊様を信じていない場合は不信謗法ですから功徳は一切ありません。ご本尊様に対する不信はすべての謗法の根源です。寺院が不信謗法に陥らないようにすることがまず住職の第一の務めと言っていいと思います。ご本尊様を純真に信じるということがこの信心では一番大事なところです。」「御書にある[善きにつけ悪しきにつけ法華経を捨つるは地獄の業なるべし]ということですか。法華経というのはご本尊様の事でしょう。」「そうです。ご本尊様に対する純真な信心を捨てることが法華経を捨てるということです。」話の内容は十分理解できなかったが父の始めた信仰が紛い物ではないと直感した。父は剣道着を着た僕の姿をなかなか剣士らしくなったとほめてくれ、三谷さんも剣道を通していい行儀が身に着くとよろしいですねと言ってくれた。父の部屋を出るともう午後6時近くなっており、1階の炊事場で母が帰宅途中買い求めてきた材料を使って夕飯の支度に取り掛かっていた。母に挨拶をして3階の自室に上がると弟が夏休みに父に買ってもらったニコンのFタイプのカメラを本を見ながら弄っていた。このニコンのカメラはベトナム戦争の報道カメラマンも使っているのと同じタイプのものだと父が言っていた。弟は夏休みから取り貯めた鳥の写真の現像してもらったのを一枚一枚鳥の名前などを説明しながら蘊蓄を傾けていた。

 

 

2021年

4月

24日

モッツアレラチーズ2 漆

もう2学期が始まって1ヶ月経つ。クラスの中でもよく話をする生徒もできてきた。しかし、学校を離れて付き合いのある生徒は1人もいない。ほとんど日常は家族4人でしか話すこともなく、夏休みなどに南国市にある祖父母のいる母の実家に遊びに行くぐらいである。友達がいない分、我を分け合うことがないので個を確立しやすいのかもしれない。それぞれの教科の勉強は常識や、正しい認識と判断に必要だと考えていたので大事にしていた。とはいうものの高校や大学の受験は意識をしていなかったので学習の対象は教科書の範囲を超えるものではなかった。部活でしている剣道はまだ始めてから6か月しか経っていないが、単に若いエネルギーを発散するためのスポーツとしてではなく、礼を尽くす美しい立ち振る舞い、動揺しない安定した精神力、研ぎ澄まされた神経など日本固有の武道の持つ鍛えを期待し始めていた。今日秋の市の体育祭の選抜メンバー7人が発表された。僕は選考の試合で2勝できたので補欠ながら選抜メンバーに選ばれていた。部活から永国寺の家に帰って、3階の部屋にいる父に試合で着る剣道着を作ってもらえるよう頼んだ。部屋には日蓮法華宗の道友である三谷さんが来ており、かなり熱のこもった議論をしていた。自分の部屋に戻ってからもはっきり聞こえるぐらいの声で議論をしていた。僕は父の信仰が精神の安定性とか気迫という意味で剣道と相通ずるものがあると感じていたので三谷さんと父の話によく聞き耳を立てていた。「三谷さんは今日の御住職の話をどうお考えですか。折伏をする際に、まず具体的な決意をしなさいというお話には違和感があるのですが」「今の御住職が出家する前はご生家が当宗の下護の団体である昇華学会だということはご存じでしたか。」「いえ、存じません」「昇華学会の第2代会長の坂田城外は数学的素養のある人で、数学で用いられる推論方法としての演繹法を仏法に応用して折伏における演繹的手法を編み出しました。この手法は折伏に際して、まず具体的に相手方を折伏するという決意をし、その決意を基にしてご本尊に祈る。また、その結果即ち折伏の成就から必要な条件を逆算して結果を出すというものです。御住職はおそらく、折伏においてこの手法を基にして話をしているのでしょう。」「決意が固まっていないのに最初から決意をするというのは不自然だとは思われませんか」「演繹法は結果に向かって仮説的原理に従い条件を揃えていこうとする考え方なので、自然な折伏の流れを大切にするというよりは原理的に無理にでも道筋を立てていくものだと思います。そのほうが結果を出しやすいですから。」「自然な信心を望んでいる人には違和感があるかもしれませんね。」「昇華学会はこの坂田城外の手法で何百万という信者を獲得していますからね。」。「三谷さんはご僧侶に対して、いい法話ということで、どういうものを期待されますか。」「やはりご本尊様に対する信を厚く、深くしてくださる話だと思います。」話の内容は僕にはよくわからなかったが、父の御住職の指導に対する不満げな様子が見て取れた。

2021年

4月

15日

モッツアレラチーズ2 陸

夏休みが終わり、今日は最初の登校日である。夏休みの宿題である5教科のワークブックや美術、技術家庭の課題などを提出する。美術の宿題は弟の撮影した県鳥であるヤイロチョウの写真を参考にしてモザイクのデザイン画を描いて提出した。技術家庭の宿題では小ぶりの椅子を樫の木を切り揃えて、釘で打ち付け、水色のペンキを塗り、きれいにニスで仕上げたものを提出した。この椅子は実用的にも長く使えるものに仕上がっていた。宿題の提出が終わると、夏休み前に行われた中間テストの結果が返された。答案用紙と一緒に5教科の成績とクラスでの席次が書かれた票を渡された。票を見ると数学と英語が満点で理科、社会はそれぞれ90点、82点。国語は90点で総合得点462点でクラスでの席次は1位であった。勝賀瀬君に試験の結果をそれとなく自慢すると勝賀瀬君は浦成の頭が良いのではなくこのクラスの他の生徒の頭が悪すぎるのだと嘲られた。僕は丁寧にこの席次の書かれた票を教科書に挟んでしまい込んだ。この日は授業もなく午前中で終わった。1年2組の教室を出て、プール下の剣道部の部室に向かった。剣道部では今日から数日掛けて秋の市の体育祭の試合に向けて選手の選抜のトーナメント戦を予定していた。部員は15人なので京島先輩が1回無試合で勝ちあがり、他7試合、続いて勝ち上がり4試合、さらに2試合、決勝1試合である。部室の前にある百葉箱の設置してある芝生の上で母に」作ってもらった海苔弁当を京島先輩と話をしながら食べてから、講堂に向かった。夏休み明けでいつも講堂で練習している、器械体操部と柔道部は休みで講堂を開けてもらっていたので講堂を広く使え、3組に分かれてトーナメント戦を行えた。1年生ではまだ剣道着を作ってもらっている生徒は少なかった。それで青いジャージに防具をつけて試合をするのだが、今回のトーナメントで出場する7人に選ばれれば剣道着を作ってもらわなければならない。防具は自前のものを武蔵堂で勝ったが、この日は剣道部に備え付けのものを使った。面をつける前に頭に日本手拭いを捲く。これを剣道部に入部をしたての頃手本を見せてもらって習ったが、正式な捲き方は手順が複雑で覚えきれず姉さんかぶりに毛の生えたような簡易な捲き方をしていた。剣道という武道は万事このように込み入った手順や作法があるのだが、こういった正式な手順や作法を1つ1つコツコツと身に付けていく剣士は1角の選手になるのであろう。こういった剣士を佐々木小次郎型の剣士といえば差支えがあるかもしれない。僕はもちろん宮本武蔵型の剣士を目指していた。中学の剣道部は、殊に城北中学の剣道部はあまり強豪ではなく、指導する先生や先輩も少ないので正式な型や作法を身に付けることは難しい。勢い自己流になってしまうのであった。トーナメント戦の1回戦は1年生の武村と戦うことになった。前の組は松井と佐々木の対戦であった。頭に日本手拭いを捲き、防具を右脇に置いて観戦していた。2年生の佐々木は身長が180㎝近くある男で右上段に構えていた。一方松井は1年生で中肉中背、オーソドックスな中段に構えていた。一瞬、佐々木は床を蹴って飛び道具のような面を放った。この打った音がはっきり聞こえるほどの面が決まり、松井は棒立ちになっていた。米津先生が旗を揚げて「面1本!」と言った。前の試合の勝負があっけなくついたので心に準備のない状態で防具をつけ立ち上がった。武村と僕は向き合って一礼をし、蹲踞の姿勢から「始め!」の号令とともに戦いに入った。武村は小柄でまだ小学生のような体格であった。しかし、動きはなかなか俊敏で日頃の対戦では引き小手を得意としているようであった。その所為か向き合っても全然前には進んでこない。不用意に前に出ると引き際小手を抑えられる危険があると思った。面は縦、横に筋金が入っているが、物見(ものみ)という部分は前が見えるように筋金の間隔が広くなっている。この限られた視界から相手の動きを見ていると相手の呼吸や動きが却ってよく伝わってくるように思われた。上背のない相手は面打ちに限る。僕は日頃からそう考えていた。前に出て相手が引いて小手を取りに来る瞬間を狙って、さらに1歩踏み込んで面を打とう。このアイデアが頭に閃いた。じりじりと前に出て仕切り線近くまで追い詰めた。武村が引いて小手を取りに来る瞬間床を蹴って面を打ち込んだ。見事に面が決まったが、浅いかと思いながら米津先生を見ると旗を持つ腕が上がっているのが見えた。「面一本!」。武村の悔しさを慮りながら、しかしジャージに防具をつけた不格好な自分の姿がイメージされるので勝利の高まりは打ち消されて平常心に戻り、1礼をして場外に出た。ここで勝って、もう1勝すると秋の市の体育祭の選手に選ばれる可能性が出てくる。剣道は力ずくよりも駆け引きや呼吸、集中力、平常心といったことが重要な競技なので、負けた時ねじ伏せられた悔しさはないが、相手との精神的な力の差というものは年月によってしか贖われないという絶望感はあるかもしれない。午後4時を過ぎて、南の校門から自転車で帰宅した。

2021年

3月

31日

モッツアレラチーズ2 伍

城北中学は7月24日から夏休みに入っていた。休みは9月初旬まで続く。中学生の僕にとって生活の中心は5教科のワークブックと各教科の宿題である課題を毎日こなしていくことと部活で剣道部の市の体育祭に向けての夏季練習であった。夏休みに入ってもう1週間が過ぎたが、夏休みでも生活の規則正しさは朝で決まる。父は3階の隣の部屋で朝6:00から読経、唱題を始めるので大体読経を終えて題目を唱え始める6:30頃には目が覚めるのであった。少し前から父に朝一緒にお勤めをしないかと誘われていたが1時間半もの間正座ができる自信もなかったので生返事をしてはぐらかしていた。しかし、父のお勤めは非常に荘厳な雰囲気を湛えており、中学生ながら父の信仰している教えのただならぬ力を感じていた。父はずっと洋画を描いていたからであろうが、在り来たりの日本人の大人から言えば衣服や持ち物などモダンな感じの人である。ただ最近は日蓮法華宗に入信していたせいか東洋殊に日本を指向しているようであった。書道を先生について習い始めていたし、水墨画のことについて書かれた本を読んだり、水墨画展にも所構わず頻繁に出かけていた。父のお勤めによる影響を受けて、僕は朝7:00にはベッドを離れ朝の支度をして7:30から家族4人での朝の食卓を囲んでいた。今日は午後、父と剣道の防具1式を追手筋にある専門の剣道用品店である武蔵堂に買いに行く予定であった。剣道をし始めてまだ4か月足らずであったが、相手と1対1で向かい合う緊張感や研ぎ澄まされたある種のコミュニケーション感覚また面が1本決まった時の爽快感等が気に入っていたので中学高校と続けてやって行きたいと考えていたからである。朝食を済まして食器を洗っていた。我が家は父も僕も弟も自分でできることは全てセルフサービスでやっていた。母は主婦でありながら勤め人でもあるので時間に余裕がないからである。母は僕や父から見ると何でもしてあげたいような雰囲気を持つ女性であった。それでセルフサービスは特に母が催促するわけでもなく自然にそうなってしまったのである。3階の自室でワークブックに取り組んだ。数学で1次方程式の問題などを解いていると小学校の時習った文章題等は方程式を使えば考えなしに式を立てて解けることがわかる。小学校の時はなぜ図を描き考えて解いていたのだろう。座っている学習机の椅子を回転させて後ろを振り向くと、弟が望遠鏡で庭の栗の木に止まっている鳥を観察しようとしている。夏休みの図画工作の宿題に鳥の写真を写して出そうと思っていると言っていた。天体望遠鏡で鳥がうまく見えるのだろうかと僕は疑問に思ったが、弟は自信ありげに望遠鏡を覗いて調節していた。この弟は近所の子供と一緒に遊んだりすることもなく、鳥を観察したりパズルをしたりして遊ぶような孤独で大人びた少年である。弟はぼくよりは勉強好きで成績もよかったが、望遠鏡とかパズルなどなかなか手に入らない、しかも小学生には高価なものを求めて遊んでいた。父は弟が望むような普通の小学生が手にできないものを不思議にもどこからか調達して来ては喜ばしていた。今日は剣道部の練習も休みで登校する必要もなかったので午前中、ワークブックの問題を解いたり、庭に出て木刀の素振りなどをしていた。家の庭はそれ程広くはないが車が2台は置けて、草木や花が塀の内側に手入れの行き届かない花壇のように植えられている。昼になって、父がお多福食堂に3人分のうどんの出前を頼んでくれた。出前が届いて父と弟の3人でけつねうどんをすすり乍ら、最近の小中学生の間で流行っているグループサウンズに見られる日本人の外国の物まねぶりについて語り合っていた。昼過ぎに予定通りホンダのクーペに乗って父と武蔵堂に剣道の防具を買いに行った。父は車のことで相変わらずモッツアレラチーズ現象に悩まされていたが、信仰で不動心を培ったせいか、ホンダの車のアレにたじろぐことは少なくなっいた。追手筋にある武蔵堂まで車で5分とかからなかったが、帰りに防具を持って帰らねばならなかった。急に背が伸びる中高で使えるようなもをということで選び、胴の下に名前を浦成と入れてもらうように頼んだ。30分ほど店内の剣道用品を眺めて待っていると防具を車の中に納め終わったというので、防具代の4万円也を支払って家路に就いた。

2021年

3月

22日

モッツアレラチーズ2 肆

7月16日、17日と中間テストがあって、24日から夏休みに入る。夏休みの課題はそれほどないのだが、少し分厚いワークブックを仕上げたり、写生画を描いたりしなければならない。それと夏休みの間に数日間ある登校日、秋の市の体育祭へ向けての部活がある。剣道部の中には小学生の時から町の道場に通っていた生徒もいたが、僕は全く未経験で始めたのでまだ3か月余りである。市の体育祭は5人の正選手が、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将として出場するが2,3年生主体で構成される。僕はもちろん大会の出場の見込みはないのだが、夏休みが終わって、正選手を決める剣道部内の総当たりの試合が予定されていた。1年生が2,3年生に試合で勝って正選手に選ばれることはそうないのだが試合の時の調子や1年生の場合上達ぶりが著しければ全く可能性がないわけではない。米津先生は正選手への抜擢をよくされると聞いていたので1年生ながら夏休みの部活には力を入れようと考えていた。オーソドックスな剣道の構えは中段、上段、下段の3種類だが、中学生は大方中段の構えをとる。僕も3か月たって中段に決まってきた。上背があまりないし、性格的に攻撃と防御のバランスが取れるほうが良いので自然にそうなってきたのである。その日、部活が終わってからも1年2組でのクラスでの代表委員の用事があり6時過ぎに中庭にあるごみの焼却炉に向かっていた。グランドを横切っていると途中野球部員が練習を終えて帰宅途中であった。もうあたりはかなり薄暗くなっていた。焼却炉の10メートルほど手前で野球部員の倉田が僕の前に立ちふさがった。「話がある、ちょっとついてこい。」と言われたので中庭の方についていった。もうあたりには人影はなかった。中庭についていくと、倉田は突然振り返り、僕の胸ぐらをつかんでいった。「おんしゃー、偉そうなぞ!」その腕にはかなり強く力が入っていたので、僕も反射的に倉田の胸ぐらをつかみ返した。倉田は背丈は低いが体つきはがっちりした筋肉質の男だった。胸ぐらをつかみあった感じでは倉田の腕っぷしはぼくと同等かそれ以上だと体感した。「えらそうな」と言われてぼくには思い当たるところはなかったが、代表委員をしていたので日頃高飛車な口調になることが多いのかもしれないと脳裏に浮かんだ。胸ぐらを掴まれて瞬間的に相手に対する心理的攻撃のエネルギーが沸き起こったが、相手の腕っぷしが存外に強かったことと日頃話をすることもない男なのでと惑いの気持ちが戦いのエネルギーの火を消した。「それぞれ立場というものがあるろう。」僕はこの闘争を回避するために説得に出た。もちろん胸ぐらはつかんだままである。「俺は難しいことはことはわからん」と言って、さらに興奮気味につかんでいる手に力が入った。僕は完全に怒りの灯が消えて胸ぐらを掴んでいる手を離した。「殴らしてもらうぞ!」そう言ったかと思うと拳固で僕の顔面を一撃した。。僕はよろめいて棒立ちになっていた。倉田はぼくの胸ぐらを掴んでいる手を放し。鞄を拾って、去っていった。反撃ができない悔しさは心の奥にあったかもしれないが、戦うための心の火が消えていたのでどうしようもなかった。僕はとぼとぼと南の校門の近くの自転車置き場で自転車に乗り家路に向かった。途中出血はしていなかったが殴られたところが痛み次第に脹れてくるのがわかった。家に帰って1階の玄関で父と顔を合わせた時、父は僕の顔を見て、薄ら笑いを浮かべ、「喧嘩でもしてたが」 と僕の肩に軽く手を置いて言い、3階のアトリエに上がっていった。   

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