2020年

11月

13日

チョコ45

11月ももう半ばに差し掛かろうとしている。今年はコロナウイルス騒動に振り回されながら年の暮に向かっている。コロナウイルス騒動はまるでシナリオか何かがあるかのような推移の仕方であり、関係者の対応の仕方もそうである。というのは日本の場合、前もって考えられているウイルス感染拡大のモデル通りに推移しているように図っていると思えるからである。この推移の基礎となる事実はウイルスの感染者の数というのは概ね検査を受けて陽性と判定された人の数だろう。仮に検査の精度が1パーセントとすると陽性と判定された人の中で実際に感染した人の数は100分の1ということになる。そろそろウイルス拡大も終息に向かいかけると盛り場で酒を飲んで進んで検査を受け陽性と判定されて阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)でクラスターが発生しているのかもしれない。ウイルス感染拡大防止対策についても効果のほどはうち寺の住職の使っているやせ薬のようなものではないかと疑っている。うちの御住職は少々太っているので健康を考えて痩せる為にかなり高価で有名なやせ薬を服用して痩せようとしているのである。そのうち住職は2,3kgはやせるかもしれないが、今のところ少しも痩せてはいない。このようなコロナ騒動の最中自粛せずいつも参詣しているお寺の同じ信徒の方のお葬式に行ってきた。信仰をしているものにとってお葬式は一番大事な儀式だといっても過言ではない。お葬式において当宗派で最も大事なのは死者の死相や死体である。即ち成仏の相というものを現じてなくなるのが信仰者の理想だからである。生前美しく美人で通っていた方が死んでその死相を見ると夜叉のようであったりするのは不思議なことである。やはり美しき人とは生きて美しく、死しても美しい人のことを言うのであろう。今の世の中はこのお葬式の大切さを忘れている。お葬式は生から死へまた死後へとつながってゆく儀式だから大切である。亡くなった方は先祖となって生きているものと繋がっていく。過去・現在・未来と3世に渡りゆく生命の儀式なのである。参列したお葬式はこじんまりとしたものであったが、御本尊様の威光まします宗教的荘厳さのある心のこもったものであった。ところで今世情をにぎわしているのはアメリカの大統領選挙の行く末である。共和党の現大統領と民主党の候補の間で争われ、選挙結果では民主党の候補者が有利で勝利宣言を出している。しかし前の大統領選でもロシアの介入の疑惑があり、今回も選挙結果で不利な情勢の現大統領は郵便投票に関して不正があったなどの理由から選挙での敗北を認めてはいない。新大統領の就任式は来年の1月なので非常に事態は紛糾している。世の中の不安定さはアメリカという実力のある大国の大統領選挙がこのような状況であるところにも如実に表れている。この不安定さの基礎は情報である。情報を伝達するメディアの責任は極めて重いと思う。民間のメディアがスポンサーである企業と同じ穴の狢であるとしても、報道の自由を行使する余地はあると信ずる。虚と実、実と仮の混沌とした世の中を生き抜いていく術は正しく然も確かな信念にしかないであろう。それはいいかえればまことのことを大事にしていく道であり、正しい仏道である。

2020年

10月

30日

チョコ44

10月もあと2日で終わりとなる。コロナ騒動がまだ終息していない最中定期的に通院している病院に診察に出かけた。診察において、担当の医師からMRIの検査を受けるように勧められた。なぜこのような勧めを受けたかというと問診で体がしびれるとか、お題目が思うように上げられないと訴えたので脳梗塞かもしれないとの感じを持ったかららしい。しかし、私としてはそのような検査を受ける気は毛頭ないのである。というのは体がしびれたり、お題目が唱えにくかったりすることの原因が頭の血管の異常などとは少しも考えていないからである。医師に質問されてもいえることと、言えないことあるいは言っていいことと悪いことがあるからである。私が体が思い通りに動かないと思う原因はこの言ってはいけないことの部類に属すると思ったのである。言って悪いことというのは世間的にはばかられることや世間的には荒唐無稽と考えられ、科学的に実証の仕様のないことなどである。不具合から人の体の事や成り立ちについていろいろ考える。以前私は「胃にいい生活」というタイトルでブログを書いていたほど胃という臓器には関心が深い。人間の体は表面が頭皮などすべて皮で覆われている。中は骨とそれを包む筋肉及び内臓と血液また、それ以外の空間がある。それ以外の空間について思いをいたすことは少ない。これは想像だがおそらく神経があまり直接的に働かないように内蔵の神経などの保護となるような空間が存在するとか磁気的な働きに関係していると思い及ぶところもある。この空間は想像を超える価値と働きを担っているのかもしれない。この身体内部の空間をくり抜いて電気を通せば内臓の各神経を刺激したり、ことによっては胃壁に傷をつけることができるかもしれない。胃壁に傷をつけれると人間にどのような影響が出るか。これは専門家にしかわからない。特に胃という臓器は精神面と深いつながりがあることが知られているので各部位を刺激すれば人間の精神を操作できるなどと考えるのは荒唐無稽であろう。胃を刺激して性的刺激をすることができたり、怒らせたり、笑わせたりすることが可能などと考えることである。こういうことをするのを体幹ボーリングと名付けてはどうだろう。更に電極を人間の体のこのボーリングされた部分に通すことができれば、これによって人間の体や精神を操作できるかもしれない。ボーリングというのは建設の掘削などと同じく用いられる用語である。足をボーリングされれば足がしびれ思うように動かなくなるし、顔面がボーリングされれば言葉が自由にしゃべれなくなるのである。鼻をボーリングされれば臭いが普通には嗅げなくなる。自由に動かないということは操られる可能性を示唆しているかもしれない。これぞ最近はやりの自動運転の実体版というのはどうであろう。自分の体の不具合についてこのような考えが浮かぶので医師の勧め通りMRIの検査を受けたりはしないのである。この際普通の人は言えないことは言わないで医師の勧めに従って検査を受けるのであろう。この検査がPCR検査である場合はコロナウイルス騒動となる。コロナウイルス騒動が異次元なのは案外こんなところにその複合的原因があるのかもしれない。仏法では人間の心身は五陰(ごおん):色・受・想・行・識が仮和合して、それに6根(耳根・舌根・眼根・鼻根・身根・意根が備わったものであると説いている。更に人間の体は水・地・火・風・空の5大であるとも説いている。ここで、仏法は人間の体を固体的実体とは見ていないのである。そうだとしても実際修行としての題目が思うように唱えられないと一往は仏道修行は万事休すなのである。やはり有形無形の信仰の自由は大切なものであるとひしひしと思う。無形の信仰の自由の保障とは一面プライバシーが守られることの保障である。

2020年

10月

23日

チョコ43

10月もあと1週間ほどで終わりとなって今年もいよいよ終盤戦に入ってくる。今年は今のところ秋らしい風情を味わえていないが、実りの秋など日本らしい四季の風情が蘇ってほしいものである。今年は今までのところコロナウイルス騒動で騒然としている。そして長引く騒動の中でコロナ対策など人々の集中力は弱くなっている。加えてGo Toキャンペーンなどで騒々しく移動し、更に集中力は鈍ってくるだろう。これは結果的にはいい方向性かも知れない。コロナ騒動を忘れる為にである。コロナ騒動と書くと誰かが引き起こした事件で騒いでいるような感じも受ける。実際コロナウイルス騒動は中国の武漢でモルモットに似た竹ネズミなどの動物から人へ感染するウイルスということで報道されていたが、そうこうしているうちに突然人から人へも感染するという情報が広がった。そしてなぜか急にクルーズ船などで感染者が続出するという状況で広がり、現在はアメリカで800万人が感染するといった状況に至っているのである。アメリカの土地柄で800万もの人がPCR検査受けて陽性で感染しているというのは何か信じがたいような数字なのである。このあたりの感染の経緯がいかにも騒動というにふさわしい物である。何か腑に落ちないような数字と集計のスピード、報道される科学性を装った状況で実際の世間体が決まってきている。情報という怪物に飲み込まれた世界が方向性を見失いつつある状況だと言っていいのだろうか。こういったウイルスだけでなく良くも悪くも最近中国は国際的な注目が集まっている国である。メディアの報道によると衛星用のロケットの打ち上げに成功して「アイヤー」と歓声を上げていたのは割合最近の事だと思うが、今では宇宙時代とか宇宙作戦とか言い始めている。農業に関しても30年前の中国の田舎では3ちゃん農業で牛が活躍していた。今はドローンなどを使って機械式の農業に転換しているという。中国は巨大な国で人口が世界1多く、国土も非常に広いので内側で何が起こっているのかは断片的な報道でしかわからない。それだけに報道するメディアの姿勢は重要であろう。特に意図的に世論操作を目的として現今の中国像を創出するのは甚だしく危険であると思う。今の中国は中国共産党が指導しているので日本にとっては全く油断のならぬ国ではあると思う。日本の企業やいろいろな団体は企業の利益や団体の利益のために中国との関わりがあるいは深いので問題はややこしくなっている。新内閣の学術会議の評議員の任命拒否問題でもこのあたりのことが見え隠れしている。仏教の信仰者という視点で中国を見ると中国は歴史的に非常に興味深く、日本にとってありがたい国なのである。インド人鳩摩羅什三蔵が漢訳した「妙法蓮華経」などのお経は筆舌に尽くしがたいほどありがたいものである。遠路はるばるインドまで行って教典を集めてきたその労苦の結晶は仏教の歴史的遺産で、かけがえのないものである。仏教は初めインドのお釈迦様が教えを開き、インドで広がったが、次いでインドでは信仰しなくなり、中国で教えが広がった。そのうち仏教は朝鮮を渡って日本に伝来し日本で広く信仰されるようになった。平安時代などは仏教によって国を守る鎮護国家と呼ばれるほどにまで影響があったが、中国では道教などに押されてあまり信仰されなくなった。インドは現在仏教徒は非常に少なくヒンズー教の国となり中国は共産党に支配されているので信仰は自由にはできなくなっている。仏教はインドや中国では滅んでしまったと考えられがちであるが、インドから中国へ、中国から日本へと正法・像法・末法という時代によって変遷し日本で最高の形で完成しつつあると考えることもできるのである。中国は日本にとって隣国で昔からかかわりが深く、文化的にも漢字をはじめいろいろな恩恵を受けている。また、鎌倉時代には蒙古となって日本を襲撃したこともある。武漢からコロナウイルスも来襲した。現今も日本にとって中国が目を離せない存在であることに変わりはない。新内閣の外交でも対中は失敗が許されないといえるほど高い計算力を要するものと思われる。中国に日本から最高度の仏法が帰り、中国が仏国土となるころにはそういう計算力は必要がなくなっているだろう。

2020年

10月

14日

チョコ42

10月も半ばになったが、まだ半袖を着ている日もある。もう紅葉の季節であるが夏と秋が混在しているような様相を呈している。自然は季節を知っていて紅葉はきている。しかし、豊かな日本の自然も秋が11月だけというのは寂しい。日本の自然は常態を損なっているかのようある。豊かな自然を取り戻すことは豊かな人間生活を築き上げるということに通じている。勿論、人間が常軌を逸したことをやめれば自然は元の豊かさを取り戻すに違いない。現在コロナウイル騒動で人類はさらに常軌を逸した方向へと向かっている。人間が安住できる場所は自然と調和する方向に行かなければ見つけられないと思う。日頃お寺に足しげく参詣して経を読み題目を唱えて仏法を学んでいるとこういった考えになってくるのである。現今は正しい見当識というものが失われつつあるように思われる。仏法的に言えば六根が汚れているので正しい認識や判断ができていないということである。正しく仏道を行ずる者は正しい仏法を世に流布し仏国土を建設することを悲願としている。仏国土とは私が参詣しているお寺の宗派の教典によれば、「雨土塊(つちくれ)を砕かず、吹く風枝を鳴らさず」と表現されている。雨が降って国土を潤すが作物が育つのに程よい雨が降り、風が吹いて様々な受粉が可能になるが木の枝が音を立てて揺らぐほどの強い風は吹かないということである。これは明らかに自然と人間が完全に調和した様である。自然の豊かさを余すところなく人間が享受できることであろう。今の人間は自然を台無しにすることばかりやっているように思われる。自然の恵みよりも自然の驚異のほうが目に立つような状況を呈している。こういうことになる原因は正法というものを知らない、あるいは信じないからである。正法に背くことを謗法というが、この謗法こそ諸悪の根源なのである。謗法によって六根は汚れ、正しい認識や判断ができなくなり悩乱してしまうからである。今の世の中は科学技術が発達した世の中というよりは「悩乱の世」と言っていいほど世が衰えていると思う。世の中は正法誹謗の世であり、正見を失いつつある。。世が衰えるということは正法が顧みられず邪義・邪法が横行をしているということと軌を一にしている。世が衰えるということはいいかえれば自然の恵みを充分享受できないということでもある。心を健康にするような見もの読み物はなくなり、食べ物は栄養がなくなってまずくなり、安心して住める場所もなくなってくる。お金の値打ちがなくなり、楽しいこと面白いこともなくなってくる。現在日本は総理大臣が新しくなり、転換期を迎えている。国のデジタル化を進めるためにデジタル庁という役所が新設され、ハンコ行政をやめてデジタル簡便化しようとしている。コロナ対策で忙しいのでまだ政策の方向性は打ち出せていないが、科学技術を頼りとするIT国家戦略という方向性はあるのかもしれない。科学技術が発達することが即ち自然との調和を妨げるとは思わない。地球温暖化を防ぐためといっても必要な石炭による火力発電をやめて、原子力発電推進を再開したり、太陽光パネルを敷設する為に森林の伐採を行うなどの常軌を逸したことをすることが困るのである。商業性でなく必要性を充分考えた科学技術の発達の方向付けを期待したいものである。必要のない虚妄やバブルが世の中で力を持つのは暴力的な商業性あるいは恣意的公共性の為であろう。要するに邪義・邪法の横行する謗法充満の世だからである。新しい内閣の政策が自然との調和を考え、実相・実体を重んずる立正安国のほうに向かうことを期待している。虚妄・バブル・仮想から自然・実体・実相へ。

2020年

9月

16日

チョコ41

9月半ばになって、まだ暑い日もあるが大分涼しくなってきた。暑い日はいつまでマスクをする日々が続くのかという思いが時々頭をよぎる。国中が病院のような状態が早く終わってほしいものである。コスモスPCサービスというホームページを開設してブログを書き始めて7年と4か月になる。当初は「胃にいい生活」というタイトルでブログを書き始めた。なぜこのようなことを書くかというと書き始めからずっと安倍政権がアベノミクスを実施していて、1昨日安倍晋三首相が退陣しアベノミクスも一往の終焉を迎えたからである。このホームページ付属のブログでもアベノミクスについては時々記事を書いてきた。あるニュース番組で総裁候補者がアベノミクスの評価をしていたが、概ね合格点の70~80点を付けていた。評価の基準は株価が上がっていることと、為替も円安になっていること企業収益が増加し日本経済の6重と言われていた枷から規制緩和によって解き放たれたと言うことだそうである。しかし、日本経済が抱えている負債については何の話もなかった。安倍首相が内閣総理大臣に就任した当時は1000兆円という国の赤字が累積していたがこの借金を少しは返せたのか。借金を少しずつきちんと返していくということは当たり前の事であって今の昔も変わりはない。借金をまともに返そうとするのは時代遅れなどと嘯(うそぶ)いても実体の経済は良くなりはしないのである。実体の経済言い換えれば自然の経済の悪循環をキャッシュレスとか仮想通貨などという架空の技術を使って胡麻化そうとしても実際の解決はできはしないのである。結果としては国民の充実した経済生活はどんどん損なわれていくだろう。大事なのは充実した生産や労働あるいは企業活動を基礎とした自然の経済であり実体経済なのである。国の経済が破綻してデフォルトに陥ってもIMFの力を借りて建て直せばいいではないかなどといった態度で世界の国々が自転車操業を続けていると結局は経済の世界的な破綻を来すことになるのではないかと思う。実体の経済を無視して、数字の上だけの仮想の技術で経済の状況をごまかし続けていると国民の経済生活実質はどんどん貧困になるに違いない。ごまかしの技術が進歩的で苦労して実体経済を上げていくのは時代遅れという考えは問題の解決ますます難しくしていくものと思われる。先の見通しを考えず今が良ければよいという駝鳥の習癖は改めるにしくはないと思う。駝鳥は危機に瀕すると地面の穴に頭を突っ込んでまわりを見ないようにする。世の中を見ると実相・実体あるいは自然から距離を置いて仮想・虚妄・バブルに逃げこんで身の置き所をさがしている趣をなしているように思える。しかし、人に真の喜びを与えるのは実相であり実体であり自然であると思う。確かな精神性と確実な計算力が求められているといえるのかもしれない。アベノミクス7年の間に世の中は大きく変化したが日本は「美しい国」ではなくマスクをかけた病院のような国になっている。日本が本当の意味で「美しい国」になるように正しい仏法が国民の間に広がり日本人らしい自然の情景を取りもどしていってほしいものである。

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